沖縄での普天間の基地移設反対、徳之島への移転反対。日本国民はこの米軍基地移転に関して高い関心を持ち、今後の展開がどうなっていくのか5月末に向け固唾を呑む思いで見守っていくだろう。
 多くの国民は沖縄県民のこれまでの苦しみに同情を寄せるし、美しい海が破壊されることを望まないだろう。そして徳之島に対しても誰もがこの静かな島に同情の念と、そして今回の3町長の反対に対して、それも仕方がないことと感じているに違いない。
 では今後この米軍基地をどうすればよいのか。簡単に言ってしまえば、現在のムード的には海外移転を望んでいく方向になっていくだろう。それもやむをえないことなのかもしれない。正直日本国民はこれまでの米兵の起こしてきた事件に怒りを感じているし、イラクやアフガニスタンへの派兵にも疑問を持つようになってきている。
 けれどももし日本が米国に基地の海外移転を申し出るのならば、日本は今後の自国の安全をどうやって守っていくかを真剣に考えなければならない。
 これまで日本は米国の安全保障・米国の核の傘下で安全は守られると信じて、経済活動に専念していればよかった。そして稼いだドルを米国に還元してさえいればよかった。すなわち労働の価値に対する搾取を気にしなければ生きていけるお気楽サラーリーマン感覚でよかったのである。
 しかしもし今後米軍に日本から出て行ってほしいと宣言するならば、日本人は直ちにジレンマに直面する。それは日本は今後の憲法第9条のあり方、自衛隊のあり方それらを国民は真剣に考えなければならないということ。そしてそれらは結局は日本人が周辺諸国に対して、あるいは自国に対してどのような責任を負っていくかということにつながってくる。これまで考える必要のなかった自国のあり方の責任を問われ始めるのである。
 そこで日本が大きく展開しなければならないことは、世界で唯一の被爆国であることを意識して考えていくことである。ここに今後の日本のあり方の意味がある。もし日本が世界各国と同じように軍事力で自国の安全を守っていくことを主に考えるならば、世界の危険度は変わらない。平和とは言葉だけの理想世界となってしまうだろう。
 けれども日本が軍事力ではない世界の平和・自国の平和のあり方を考えそれを推進していくならば、世界は新しい希望が持てるかもしれない。それについて国民は考えていかなければならない。
 現在米国は自国での核テロを恐れて、核拡散防止に躍起になっている。そして日本国民は徐々に戦争が一部の人々の利益のために起こされていることを理解し始めている。これを機に日本国民は自国の持つ責任と平和のあり方を自身に問いかけることが必要である。