現在の世の中で、本来聖なるものであるはずのものが崩れてしまっているものが3つある。もっと探せば4つも5つもあるのだが、ここは3つに絞っていく。なぜなら自分の心の中にパッと入ってきたのが次の3つであったからだ。
 その聖なる3つのものとは「生」・「性」・「正(誠)」だ。辞書を調べてみるとほかにも「政」、「勢」、「省」、「清」、「誓」とどれも大切なものなのに、現在社会に失われているものがたくさんあるけれども、最初に浮かんだものが先に書いた3つだ。ただし正は誠でも構わないと思ったので含めることにした。
 まず最初の「生」。生命であるし、生きるということ。本来この「生」は人間の根源であり、根本であるのに、今一番軽んじられている。簡単に人が人を殺し、そして自殺する。本当は一生懸命に生きなければならない命なのに簡単にあきらめてしまう風潮が広がっている。「生」とは聖なるものだ。「生」を聖なるものとして輝かせねばならない。
 次に「性」。男性、女性であるし、セックスである。本来これも神が与え下さったものであり、神秘的であるものだ。それが社会がソフィストケイトされ、何もかもが混同され、快楽だけのものとなり果ててしまっている。「性」とは生命の誕生につながる聖なるものであるのに・・・。
 そして最後に「正(誠)」。本来人間は正しきを行うものであるし、またそれを追求していくものである。誠なるものを行っていくことこそが人間である。しかし現在それができなくなり偽りが世の中にはびこってしまっている。本当はこの「正」は当たり前のことであり「聖」としなくてもよいものであるのに、今ではこれを「聖」としなければならない。残念ながらそんな世の中と成り果ててしまった。
 しかしながら思うに善と悪は隣り合わせなものでもあり、表裏の関係でもある。だからひっくり返せば、ある日コロッと変わる事があるかもしれない。
 そのためにも人間はこの3つの「聖」を求めなければならないし、行わなければならない。そしてひとりでも自覚するものが増えていくならば、ある日きっと世の中は善なる方向に向きを変えるに違いない。