5月の瀬戸内海はやすらぎの空間である。この時期自転車で海岸線を走ると快適この上ない。途中自動車の雑音から離れるために道路から離れた海岸線で自転車を止め堤防に腰掛け海を眺めてみると、向こうには忽那諸島が眺められ、漁船はゆっくりと横切っていく。柔らかな日差しが降り注ぎ、心地よい風が頬に当たる。瀬戸内海は何処までも穏やかで、島の向こうで青空と一体化する。この風景を見ればきっと誰もが心の安らぎを感じるだろう。ここにあるのは平和な空間そのものである。そしてこの母なる海と空間そのものに感謝せざるを得ない。
 ここにいると(心の)平和とはこういうものだろうとつくづく思う。そう、平和とは心の風景そのものである。そしてこの平和はいつまでも続くものだと思う。
 けれども後ろを振り返ってみれば、そこには娑婆の現実があり、人々は阿修羅となり争いを繰り広げ、陰謀の世界が渦巻いている。親殺し子殺し、どうにもならない政治等目をつぶり耳をふさぎたくなるような出来事には事欠かない。まさに自動車の騒音以上の喧騒があふれている。
 そして今さらにそのまた後ろにはハイパーインフレーションの世界が押し寄せようとしている。これから人々は更なる混乱に陥るのだろうか。人類はしばしの間このハイパーインフレーションと世界の混乱に苦しまなければならない。
 けれども今この穏やかな瀬戸内海の風景を見ていると思う。「それは本当にやって来るのか。ただの噂や幻想ではないのか。そしてもしやってきたとしてこの風景も変わるのだろうか。いやきっと変わらないだろう。」と・・・。
 一体その時に自分はどう思うのだろうか。この風景を見て今日と同じように心に余裕が持ち平和な風景として感じるだろうか。それとも無気力の中で無意味を感じるだけだろうか。
 同じ風景でも人間の心の状況次第で感じ方は違ってしまう。できればいつ何時もこの風景を見て心やすらぐ自分であってほしい。
 さあ時は迫りつつある。できれば後ろをふり向きたくはない。いつまでもこの風景を眺めてやすらいでいたい。けれども誰もが今から踏み入れなければならない。覚悟を決めなければならない。乗り越えたあとにはまた平和が待っている。心の準備だけはしっかりしておこう。