山田恵諦さんという今は亡くなられたがかつて天台宗の座主だった人がいる。その山田さんの話しの中に、人間がひとつのことを成功させるために必要な「3つの力」というものがある。
 その必要な力とは
1.自己最大の努力
2.周囲の援助
3.神仏の加護
の3つで、この3つの力がそろわないと、ものごとはうまく進まないそうだ。逆にうまくいくことは、たとえ自分が気がつかなくても、あるいは自己の力だけだと思っても、3つの力が備わった結果であるとのことだ。

 最近このことが僕の中でようやく分かって来たような気がする。確かにこの3つが揃わなければ、ものごとはうまくいかないのだ。
 今日仕事のひとつが終わった。講演会を開催したのだが、決して自分だけの力でできたわけではない。参加してくれた人々みんなの援助があり、そして講演をしてくれた先生方の協力、そして講演を手伝ってくれた人々みんなの力があり、そして僕は朝神仏に力を貸して欲しいと願った。もちろん僕もこの講演会を開くためにあちこちを駆けずり回った。
 これらのどれか一つ欠けていても、今回の講演会はうまくいかなかった。今日一日を振り返ってみると改めてそう感じる。

 かつてはひとりで生きていけると思っていたけれども、今ではどれ一つとても僕ひとりの力ではないと思える。いろいろな人がいて、色々なところで支えていてくれる。見える人、見えない人。そして見える力、見えない力。それぞれが相互作用し、ものごとを成り立たせている。
 驕り高ぶってはいけないなと改めて感じる。僕らひとり1人がいろいろな力で支え、支えられているのだ。

 この山田恵諦さんの話は「大愚のすすめ」(大和出版)の中にあり、もう10年以上前に出された本であるが、山田さんの人生のエキスが詰まった本である。かつては読んで感動はしたけれど、山田さんは柔らかい人だなあ。と感じるだけで終わってしまっていた。まだまだ僕は当時の山田さんの半分も生きてはないけれど、それでも少しその意味が分かって来たような気がする。「珠玉のことば」とはきっとこうして自分の中にしみじみと溶け込んでくるもののことをいうのだろう。僕も年を取ったものだ。

 それでもまだまだ僕には学ぶべきことがたくさんある。イコールそれは成長できるってこと。まだまだ僕の学びは尽きない。僕の魂は今回の人生でどれだけのことを学ぼうと計画してこの世にやって来たのだろうか。計画の半分ぐらいは既に達成されたのか、それともまだ1/3程度なのか…。表面の僕には分かりはしないけれど、前進していることは間違いない。そして今日ここにいる僕自身がその計画の実行者である。まだまだドヤがおすることはできないけれども…。

 この先も学びの連続だろう。どうせ学んでいくならば、ニコニコ、ワクワクして学び、そして生きていきたいものだ。そやっ!意識の力でそうしよう!!