日本人がもっている(いた)自然を愛する風習を考えてみると、、仲秋の名月を楽しみながら生きていた。月を見ながら団子を置いて祝い、そして酒を酌み交わす。これってすごく風流ではないか。春の桜の花見は今でもあるけれど、花見の仕方は今とはきっと違っていたのだろうな。夏の小川のせせらぎを楽しむ。冷やしたスイカにかぶりつく。散りゆく紅葉にはかなさを感じる。虫の鳴き声を聞いて秋の夜長を感じる。今の季節だと囲炉裏に炭をくべて、暖を取る。
 日本人ってなんて風流なんだろう。素晴らしい民族だし、すごい民族だ。それが今はどうしたことか…。僕たちはもう一度見直さなくてはならないのではないか。もう一度その優雅さ、おおらかさを取り戻したい。

 僕たちは今なんとおかしな時代にしがみついているのだろうか。我欲にとらわれ、「あれがない。これがない。」と言っている。手放してしまえばいいのに…。何をそんなにこだわる必要があるのだろうか。そんなものなくてもちゃんと生きていけるよ。人間が生きていく上で必要なものって本当はごくわずかなのだから。
 僕はアセンションしたいと思う。アセンションて世間では地球が次元上昇することといわれている。確かにその通りなのだろうけど、僕たちはひとつ肝心な事を忘れていまいか?それは「では、僕たちは今のままで(地球と一緒に)アセンションできるのだろうか?」ということだ。つまり、アセンションで5次元世界に行くということよりも、それより前に僕たちの意識がひとつ上の世界に行かなければならないのではないだろうか。

 僕たちは現在「争いと闘い」の次元にいる。世界を見てみるとまさに人々は争いと闘いの真っただ中にいる。一国のトップといわれる人が、他国を攻撃するぞと脅し、相手国もそれにやり返し、紛争ばかりが起こっている。争い、略奪、戦争そして分離。果たしてこの世界のままでいいのだろうか。
 そうではなくて僕たちはひとつ上の意識、分離から統合を目指す意識すなわちワンネスを目指していく意識社会に入らなくてはいけないのではないか。 ワンネスを目指す世界とは、子供たちにとってそれは驚きと喜びの世界であり、大人にとっては喜びと感謝の世界だ。もちろんそこには自然との共生が根本にあって…。自然を敬って生きていく、自然と共にあるという精神が根付いている。まさに月を見て喜び、花を見て感動するとともに季節を感じるという、かつての日本人がもっていた感覚であり、それを進化させたものであり、愛に包まれた世界だ。

 よしっ、僕はひとつ上の(意識)世界に行こう。僕はそっちの世界に生きよう。僕の意識はそれを決断しよう。もう争いと闘いの世界は卒業しよう。これからは毎日喜びと感謝に満たされて生きよう。人間考え方ひとつで世界は変わる。なぜなら意識が現実を創造しているのだから。
 だからニコニコとワクワクの世界を僕はイメージする。競争するのではなく分かち合うことを考える。支え支えあう世界を目指す。もちろん競争が面白い、エキサイティングだと思う人はそちらの世界でいればいい。その人にはその人の願う世界が用意される。
 僕は分かち合いの世界を選ぶ。地球は次元上昇に向かっていることは確実だ。想いが実現する時間もどんどん短くなってきている。だからそれぞれの人々の想いの世界が現実として現れるようになっている。パラレルワールドこの世界にはいくつもの宇宙が存在しているのだから。そしてあなたの目の前で起こっている世界はあなたの意識が造りだしたものだから。

 再度宣言するぞ。僕は喜びと感謝で生きていく世界を選択する。さあ、あなたはどちらの世界を選びますか?