重症心身障害児者と呼ばれる人達のことを知っていますか。重症心身障害児者とは、重度の肢体不自由(身体障害)と重度の知的障害を合わせ持つ複合障害のことです。もっと簡単に言うと、身体を動かすことも、言葉を話すことも難しい状態の人たちです。その原因のひとつは脳障害とされています。重症児者は全人口の約0.03%程度と言われており、現在全国に35,000人程度いると推計されています。

この重症心身障害児者の実態調査など在宅生活における調査を1年間(8ヶ月間)愛媛県の南予地域において行いました。その時の重症児者との出会いと、その感想を述べたいと思います。

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クルミさんは現在40歳。40年前に重症心身障害児として生まれて今日までずっと家族と一緒に生活をしてきました。クルミさんは生まれてからずっと、自ら寝返りをうつこともできず、喋ることもできない状態です。お母さんに抱かれて車に乗せてもらい、定期的に病院へ通い、リハビリを受けて家に戻って来る。そうしてお母さんを中心に家族の世話を受けながら40年間暮らしています。

お母さんはクルミさんの世話を40年間続けてきているのですが、ある時クルミさんの(日中の)行き場所がないことを問題として立ち上がりました。そして同じように障害のある子供を持つ親同士で集まり、障害者を支援するNPOを立ち上げ、遂には施設をオープンさせました。今ではそこにクルミさんをはじめ、多くの障害を持つ人たちがやって来ています。地域に障害者が日中過ごせる場所ができました。更にはそれによって(地域の)雇用も生まれました。それはクルミさんの存在があったからこそできあがったものです。

ちなみに僕はクルミさんより2,3年先に生まれただけの同じような年齢です。彼女はこの40年間ずっと自分で動くこともできずに生きてきたのです。一方で僕といえば五体満足で生まれ、(しゃべりは下手ですが)話すこともでき、自由に動くことができます。国内・海外放浪の旅までしてきてしまいました。同じ40年ほど前に生まれてきた者同士、片や40年間ずっとベッドの上、40年間です! 片や好きし放題。一体この違いは何なのか、そして僕はこの40年間何をしてきたのか…、と真剣に考えさせられました。

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続いてアユちゃんは現在30歳。30年前重症心身障害児として生まれました。初めてアユちゃん訪ねた日、彼女はバギーと呼ばれる特別な車椅子に乗っていたのですが、お母さんに生活の様子などいろいろとインタビューしている間ずっと眠っていました。

アユちゃんは現在気管切開(※1)しており、毎日何度も痰の吸引が必要とのことです。それは日中だけでなく夜間も必要です。そのためお母さんは毎晩定期的に起きては(痰の)吸引をしなければなりません。大変です。けれどもお母さんはアユちゃんのことが可愛くて、かわいくて仕方なく、未だに子離れができないといいます。

アユちゃんには弟が2人います。普段アユちゃんは2階の部屋で生活しているのですが、家は普通の1戸建て住宅のため、人ひとりが通れるほどの階段しかありません。その為1階から2階への上り下りは毎日2人の弟さんかお父さんが2人で抱えて行っているとのことです。弟のひとりは介護職員としてずっと働いているそうです。そしてもう一人の弟も最近社会福祉主事として働きはじめたとのことです。そのうち社会福祉士など目指すのかもしれません。アユちゃんがいたから二人の弟たちは福祉の仕事についたのです。そして家族はアユちゃんがいるからこそひとつになれているのです。

後日近隣の施設で再びアユちゃんに会うことがありました。その日アユちゃんは起きていました。お母さんとの話が終わり、2人を車まで見送りに行き、車のドアを開けてお母さんがアユちゃんを車に乗せようとする際、彼女はとびっきりの笑顔を見せてくれました。その笑顔はこれまで見たこともないような純粋そのものでした。いっぺんに心が洗われました。お母さんが子離れできないと言う理由が分かった気がしました。

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そして最後に紹介するミイちゃんは現在中学生です。十数年前に重症心身障害児として生まれました。ミイちゃんは僕が初めて出会った重症心身障害児者です。その日ミイちゃんも僕の顔を初めて見るので緊張しているようでした。(生まれて初めてみる海坊主!) 僕はミイちゃんを最初見た時、その姿にものすごい衝撃を受けたました。何故なら彼女の身体は側弯症(※2)で歪んでおり、なおかつ体中に装具をつけていたのです。更に首ものけぞっており、その姿がとても痛々しく感じられました。正直こんな重度の障がいを持つ人がいるとは知らなかったので余計に驚かされたのです。

ミイちゃんは市営団地でお母さんと2人暮らしです。平日ミイちゃんは日中いくつかの施設で過ごします。曜日によって利用する施設が違います。お母さんは仕事をしながらも、ミイちゃんが日中過ごす施設への送り迎えをします。ちなみにその施設に毎回午前中に特別支援学校の先生が訪れ2時間ほど授業が行われています。地域にミイちゃんのような状態の子を受け入れられる学校がないため訪問学級といわれるものが行われているのです。お母さんは様々な福祉サービスを使いながらミイちゃんと二人三脚で毎日を暮しています。(そんなことを知るにつれ、僕は今回のこの仕事を頑張りたいと思ったものです。)

調査の業務を受けてからほぼ毎週ミイちゃんに会うようになりました。一緒に遊んだり、時には昼食の介助もさせてもらいました。いつのまにか仕事に疲れ、心が病んだ時には施設に来ているミイちゃんに会いに行くようになっていました。そしてミイちゃんの顔を見て話しかけます。そんな時ミイちゃんはいつも最高の笑顔で迎えてくれるのです。僕の声掛けに対して、言葉にならない言葉だけれども答えてくれるのです。いつしか仲よしお友達となっていました。(娘みたいなものですが…。)

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そして時はあっという間に流れ過ぎ、僕に託された重症児者の在宅調査の仕事は終わりました。僕がこの8か月がんばって来られたのはこれらの人たちの出会い、そしてミイちゃんのお陰です。ミイちゃんがいたからこそ何とかしたいと思ったのです。無事に調査を終わらせ提言書を作成することができました。


振り返ってみると、彼女達との出会いがあったからこそ新たな経験をすることができたのです。そこでは仕事だけでなく、「生きるとは?」「人生とは?」と考える機会も与えられました。随分と与えられてきた8ヶ月です。僕にその分のお返しができただろうか?それを考えると心もとない限りです。これから返さなければなりません!

それにしてもこの8ヶ月間は、僕の人生の中でも、素敵な出会いに恵まれたことは間違いなく、それを考えると感謝以外にありません!

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※文章中の名前はすべて仮名です。


(※1)気管切開とは、気管とその上部の皮膚を切開してその部分から気管にカニューレを挿入する気道確保方法

(※2)側弯症(脊椎側弯症~せきついそくわんしょう)とは、脊椎(背骨)が側方に弯曲する病気である。(ウィキペディアより)





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