時はバック・トゥ・ザ10年前。とある有料老人ホームで生活相談員と介護職員+何でも屋として働いていた時の体験談。


玉さんは御年8○才。旦那さんと百姓を生業とし一人娘を育ててきた。娘は成長し、都会へ出ていき結婚してそのままずっと東京暮らし。旦那さんは十数年前に亡くなり、それ以降玉さん一人で百姓仕事をしていたのだが、年を取るにつれその規模はどんどん縮小され、今ではほとんど手つかず状態。それどころか家の家事も段々大変になってきたうえ、このところどんどんボケてきた。(認知症と言うべきなのでしょうが、ここはあえてボケという言葉を使ってます。)

そんな玉さんのことを心配した娘さんは、東京から時々戻っては、玉さんの世話をしていたのだが、毎回東京との行き来する生活も大変。けれどもこのまま(ヘルパーさんを利用して)玉さんひとりで生活させるのも心配。そこで娘は玉さんを老人ホームに入居させることにした。


玉さんは小柄で眼鏡をかけ、杖を突いて歩くお婆ちゃん。眼鏡のレンズ効果で時に目がびっくりするぐらいに大きく見える。娘(とその旦那さん)に連れられて来たときは静かにしていた。居室に入り、娘から「今日からここで暮らすのよ。」と言われて、分かったような、分からないような…。契約時の説明等が終わり、玉さんと(時々家族と)僕と介護職員で居室や食堂で、玉さんの子供の頃の話や世間話をしながらしばし賑やかかつ穏やかな時間を過ごした。部屋の荷物も片付き娘夫婦は、今度は家の片付けがあるので「お母さんをよろしくお願いします」と帰っていった。


その後玉さんはしばらく職員と談笑していたのだが、夕方となり「日も暮れるから、それじゃあそろそろ帰ろうか。」と腰を上げた。ところがどっこい玉さんはもう帰れない。職員が「まあまあ玉さんもう少し…。」。しばらくして玉さんは「日も暮れるから、そろそろ帰ろうか。」。今度は職員「玉さん今日は夕飯食べて帰ろうよ。」となだめては、再び「帰ろうか。」とそんなこんなの押し問答が続く。


けれども玉さんもしびれを切らし「もう家に帰ります。」と立ち上がり、杖を突いて廊下を歩き始めた。けれども出口がない。エレベーターに乗ろうとすると職員に止められる。(階段は扉がされ見えない。)そうして徘徊は始まるのだ。帰ろうとする玉さん。まあまあとなだめる職員。時に僕も玉さんに声をかけてみるが、もう耳には入らない。とにかく「帰ります」。廊下の窓からは道路が見え、車が走っているのだが、果たして玉さんは建物から出て、その道路に行くことがでいない。おもわず玉さん「帰れへんのやったら、ここから飛び降りて車に轢かれて死にます!」。


そうして玉さんの徘徊は続く。しばらくして再び僕も声をかけてみるが、「私は帰るんです。私は神様と南条病院の先生の言うことは聞くけど、あんたの言うことは聞きません。」とのこと。玉さんはある意味信心深い人。田畑を耕し真面目に生きてきた玉さんにとって神様(お天道様)は信ずべきもの。そしてお医者様は偉くて尊敬すべき人。なので神様とドクターの言うことはちゃんと守らなきゃならない。


玉さんの徘徊は続く。けれど杖を突きながらヨタヨタ歩きで転倒も心配なので、時には職員もついてなければいけない。けれども他の仕事もしなければならない。そんな時の出番は暇そうな僕。生活相談員と介護を兼ねていた僕は玉さんに付き合うことに…。話しかけても玉さんは興奮状態なので、何を言ってもムダ。「私はここで死ぬ!神様、南条病院の先生以外は知らん。」。そこで近づきすぎないよう様子を見ながら、廊下(玉さんの見える場所)で待機。


なおも玉さんの徘徊は続く。けれども玉さんも御年8○才。歩き続けるのもやはり疲れる。椅子に座ればいいのだが、なんと玉さん廊下の真ん中で寝始めた。「ここで寝るより、椅子かお部屋で…。」「ここで車に轢かれて死ぬるんよ。」。やっぱり何を言ってもムダ。しばらくして玉さんは起き上がり、歩き始め、職員の声掛けに怒りながら「帰る」と言い、そして疲れると廊下に寝そべり「車に轢かれて…。」×○回


季節は秋から冬へと向かい始めるころ。夜ともなると廊下は冷える。そこで廊下で寝ている玉さんにそっと毛布を掛けると「いらんわ。死ぬるんじゃ!」「玉さん寒いでしょ。南条病院の先生がこれ着ろって。」「嘘言うな。南条病院の先生おらんがな!」


そんなこんなで消灯時間がやって来た。玉さんは相変わらず廊下に寝ている。夜も9時を過ぎると結構寒い。かといって毛布を掛けると怒る。そこで一計を案じた。家まで一旦戻り、押入れの中から電気ヒーターを取り出し、更には延長コードを持ち出し、再びホームへ戻る。


玉さんは相変わらず廊下で大の字状態。玉さんに気付かれぬよう少し離れたところから電気ヒーターをON!しばらくすると玉さんは起き上がり、電気ヒーターを一瞥し、再び歩く。そして歩き疲れて廊下にゴロリ。そこへ電気ヒーターを移動させスイッチON。そんなこんなで時間は過ぎてゆき日付が変わる。


1時過ぎ玉さんはようやく落ち着き、部屋には戻らぬもソファーで横になる。そのちかくでヒーターON。どうやら今日はこのまま落ち着きそうだ。時間は2時近くになろうとしている。そういえば僕は明日(今日)も朝から仕事。このままここにいてもいいけれど、24時間以上居続けるのも嫌だ。ということで、一旦家に帰って布団で寝ようと思い、夜勤者に玉さんが動いたらヒーターも動かすように頼んで家に帰る。


翌日ホームへ戻ると、玉さんは部屋のベッドで寝ている。あれからしばらくして職員の声掛けに応じ、部屋のベッドで寝始めたとのこと。さすがにその日は玉さんもお疲れ状態。僕もお疲れ状態。


次の日僕は休みだったので、1日置いてホームへ行くと、少し落ち着いた玉さんが食堂の椅子に座っていた。玉さんのそばに行き声をかけると、でっかい目をした玉さんは僕を見あげて言う。「あんたのお陰や。あんたのお陰でこんなええ所へ入れた。神様と南条病院の先生と、あんたの言うことは聞かないかん。」とのこと。


へえ~。


それからというもの玉さんは、職員に文句を言いつつ、そして部屋と食堂を1日に何度も往復しつつもホームでの生活を受け入れていった。


ところで玉さんはお風呂に入るのが大嫌い。年を取って面倒臭いのか…。職員からの「お風呂に行きましょう。」との声掛けに、「お風呂なんて入らん!」と怒る。仕方がないので僕が玉さんのところへ行き、「玉さん、お風呂に入りましょう。」というと、「お風呂なんか嫌いやのに、(神様と南条病院の先生と)あんたの言うことは聞かんといかん。」ということで、職員に連れられお風呂に行くのでした。


「行ってらっしゃい、玉さん。さっぱりしてきなはれ~。」こうして玉さんは何でも僕の言うことを聞いてくれたのでした。


玉さんその後どうしているのだろう?元気かな?


果たしてこれがよいことなのかどうかは分からない。けれども一生懸命に働いているとこんなことも起こったりする。そんな思い出もいいものです。







らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~