ショートステイにやって来られる東さんは、白髪で物腰柔らかなお婆ちゃん。落ち着いた雰囲気を漂わせており、きっと着物を着たら似合うだろうなと思わせる。けれども東さんには認知症があり徘徊をする。知らない間に外に出てしまうこともある。そのため家族は目が離せない状態。だから時々家族のレスパイトとしてショートステイを利用される。

 ただし徘徊をしていても、職員が声を掛ければ、東さんはにこやかに返事をされ、職員と一緒にみんなのいる場所へ戻ってくれる。そして他の人達と一緒にテレビを見たりしている。けれどもしばらくすると立ち上がり再び徘徊を始める。まあ、東さんもここがどこだかきちんと理解していないのだから仕方がない。

 ところでこのホームでは夕食後入居者を居室へ誘導し、口腔ケアをすると同時に、一部の人を除いて義歯をあずかる。そして夜間に義歯を(ポリデント)洗浄し、翌日の朝食時にそれぞれに渡すシステムを取っていた。(以前夜間に義歯が無くなるということがあり、それ以来そのようにしているらしい…。)

 夕食後東さんを居室へ案内し、うがいをしてもらうと同時に、義歯を預かり「明日の朝お返ししますね。」と伝えた。東さんはそれに対して「そうですか。」と笑顔で答えられた。ちなみに東さんの部屋はスタッフルームの斜め前。ショートステイ利用者と言うことで、スタッフの眼の届くところに部屋がある。

 入居者の誘導を終え、再度預かった義歯を洗い、ポリデントと一緒にそれぞれの名前の書かれている義歯ケースに入れる。そしてそれらを移動式のサイドテーブルに並べ、いつものようにスタッフルーム横の通路に一時的に置いておく。そこは東さんの部屋の正面となるが、アコーデオンカーテンで仕切られているので、東さんの部屋からは見えない。

 夕食時の介助を終え夜勤者2人(一人は僕)は休憩をはさみ、再びそれぞれの仕事をこなしていく。21時となり消灯の時間となるので、今度は廊下の椅子に座っている入居者さんたちを居室へ連れていくと共に、排せつ介助を行う。それを終えると廊下の電気を消して、各居室を再度安全確認のため巡回する。

 ひとりは排泄介助ででた汚物等の片付けがあるので、僕が懐中電灯を持って端の部屋から順番に居室を回っていった。すると東さんがいる居室に入ると、ベッドに東さんがいない。トイレ誘導後ベッドまで案内し、臥床を確認したのにいない。またトイレに入ったかと思い、トイレを見てみるがやはりいない。他の部屋に行ってしまったか?

 廊下にも東さんの姿はない。他の部屋の巡回を兼ねて東さんを探すが、見つからない。さあ、東さんどこ行った?もう一人の夜勤者に東さんがいないことを伝え、2人で再度それぞれ各居室をみて回るがやはりいない。東さんが消えた!

「東さんどこへ行ったんだろう?」と2人でちょっと焦っていると、スタッフルームの横で何やらゴゾゴゾ物音がした。慌てて見てみるときちんと閉めたはずのアコーデオンカーテンが開いており、そこに東さんがいた。

 東さんはそこでテーブルに並べられた義歯ケースを開け、一生懸命「あれでもない、これでもない…」と自分の義歯を探していた。義歯がバラバラ状態に!

 ヒエ~!東さんどうするねん!!! (と言っても、こんなところに置いておくスタッフ側のミスだね。)

 幸い(?)東さんの義歯ケースはまだあけられていなかったので、義歯をケースから取り出し、東さんにはめてもらい居室へ連れていく。(これで東さんは安心して寝られるハズ。)

 さて問題はこれからだ。このフロアには44名の入居者(ショートステイ利用者を含む)がいるが、約20名の義歯を預かっている。そして今そのうちの3分の2がバラバラ状態でテーブルの上に散乱している。

 さあどうする! スーパーパズルだ。義歯には名前など入っていない。僕も焦ったが、もう一人の夜勤者(僕よりも若い子)はもっと焦っている。

 僕は義歯としばらくにらめっこを始めた。ひとつ一つの義歯をよ~く眺めていく。

 そして、もう一人の夜勤者に
 「この義歯の出っ歯具合は、フクさんのだね。」
 「この部分入れ歯は、アツコさん。」
 「これは上下2つセットで、ハツさんの。」
 「この斜め45度具合は、…ツルさん?」と伝えていった。

 普段何気なく義歯を洗っているようではあるが、毎回同じことをしているので、実はそれぞれの人の義歯の特徴をつかんでいた。(いつも義歯を洗っている時、「この人の義歯は随分前に出てるな~」、「この人こんな大きな義歯が入ってんだ」などと思いながら洗っていたのだ。)

 翌朝食堂に集まった入居者の方々に、ちょっとドキドキしながら義歯を渡し、必要な人にははめていった。一応「もし入れ歯の具合が悪い方がいたら、伝えてね。」と皆さんに声掛けするが…。(まさかバラバラになりましたとは言えない…。)

 結果、ピッタリ!
 ヤッタ~。ひとりぐらい「なんか違う。」と言ってくる人もいるかもしれないと思ったが、全員普段通りに朝食を食べられた。もちろん東さんも何事もなく、昨晩のことなど覚えているわけもなく、朝食を召し上がられた。

 夜勤終了後しっかりとヒヤリハット報告書に書いておいた…。(もう一人の夜勤者に書いてもらった。)

 いつもよりも疲れる夜勤ではあったけれど、無事に終了し、満足。満足。
 プロフェッショナルとは、「入れ歯を見ただけで、それが誰の(義歯なの)かが分かることです!」と、少し誇らしげに思えた。

 まあ、認知症の人もいっぱいいるので、義歯が合っているかどうか分からない人もいるかもしれないけどね。


は義歯



らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~