ドネラ・H・メドウスと言う人がいます(正確にはいました。2002年逝去)。メドウス博士は1972年にローマクラブにより出版された「成長の限界」の主たる著者です。そのレポートの内容は、人類の増加や環境汚染などの現在の傾向が続けば、資源の枯渇や環の悪化によって、100年以内に人類の成長は限界に達する」というものであり、当時賛否両論の大変な反響をもたらした報告書です。


その報告書では、石油はあと20年で枯渇するなどの予測されており、当たらなかったものもありはしますが、発表されてから40年以上経過した現在、その本筋は基本的に予測通りになっているのではないかと思うのです。


何故なら私たちの住む日本でも、かつては考えられなかったゲリラ豪雨や竜巻が今や当たり前のように発生するようになっていたり、また最近ではニュースで「これまでに経験のしたことのない○○」と言う言葉が出てくるようになったりして、誰もが現在の異常気象から地球環境の激変を感じずにはいられないからです。


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博士の著書に「地球の法則と選ぶべき未来」(ランダムハウス講談社)というエッセイ集があります。このエッセイ集の中に「矛盾はあっても、地球に少しでも負担をかけずに暮らす」と言うタイトルのエッセイがあります。博士はその中で「現代の文化は地球に負担をかけないで生きることが不可能な文化である」といいます。


確かに現在の文化はエネルギー失くしては成り立たちません。そしてそのエネルギー源は何かといえば、風力や太陽光などの自然エネルギーはごくわずかであり、大半が石油、天然ガス、そして原子力が主であり、言うまでもなくこれらは地球に負担をかけざるを得ないものです。


また博士は、「豊かさの感覚があるからこそ、安心感や新しい考え方、寛大さ、喜びが得られる。」とも言います。


これもまたその通りで、私たちは豊かさがあるからこそ、そこに新しい考えが生まれ、それを受け入れることができるのです。余裕のない暮らしでは、日々の生活に追われ、新しい考えを生み出すこともなく、仮にもしあったとしてもそれを受け入れる余地はほとんどないことでしょう。豊かさや余裕があるからこそ受け入れられるのです。しかしながらその豊かさをたどれば「地球に負担をかけざるを得ない」状況であり、地球に負担をかけることを前提としているのです。


更に博士は「豊かさから安心感が生まれると同時に、無神経さや貪欲さ、浪費の心も生まれる」とも言います。これもまた現在の大量生産・大量消費の浪費文化を見ればまさにその通りであるというしかありません。


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では私たちはこれらの矛盾を抱えた文化の中でどのように暮らしていけばよいのでしょうか。一方を切り捨てれば、もう一方も成り立たない状況の文化の中で私たちはどのように暮らせばよいのでしょうか。


博士の出した答えは「足るを知ること」、すなわち「知足」なのです。


「今の私たちは、『足るを知る』を暮らしの基本に据えようとしています。誰もが必要な物をちょうど必要なだけ持っていて、余計なものは少しもないということです。浪費ではなく、寛大になれるだけの『十分さ』があります。ため込むのではなく、ちょうど安心できるだけの『十分さ』です。ガンジーの言うように、『すべての人の必要を満たすことはできても、すべての人の欲を満たすことはできない』のです。」


現代の日本は経済、教育、環境、社会等あらゆる面で行き詰まりを感じています。それはどう見ても経済や科学技術への過多なる信仰であり、お金への極端な依存です。そしてそのもとをたどれば「欲」と言わざるを得ません。更にその欲を詳しく見てみれば「必要以上の欲」がどれだけあることでしょう。


メドウス博士は、この本のエピローグに「『限界を超えて』での私の分析では、世界が持続可能な経済を実現するために、現実的で無理がなく、有益でしかも大規模な変革をするには、長くても数十年の時間しかないのです。今から、230年後では遅すぎるのです。」と書かれています。「限界を超えて」が書かれたのが1992年であるから、既に20年以上が経過している。もしかしてもう限界を超えたかもしれません。けれどもよい()科学技術の発展を考慮すれば、まだ後戻りできるだけの所にいるハズです。


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豊かさは必要です。けれどもその豊かさは現在のところ「地球に負担をかけざるを得ない」ところからきています。そのために環境は破壊され、その結果私たちの生存を脅かす地球異変が次々と引き起こされています。私たちは早急にこの状況の改善に取り組まなければなりません。そのためには生活を見直すことが必要です。けれども癌や心筋梗塞などの直接、かつ緊急に自分自身の生命に関わることならばともかく、今すぐにこの豊かさを手放すことはできないのが現実です。


であるならば私たちに必要なことは、まずは「矛盾はあっても、地球に少しでも負担をかけずに暮らす」という考えであり、それは「足るを知る」ことではないかと思うのです。何故なら私たちはすでに十分持っているのですから。


この「矛盾はあっても、地球に少しでも負担をかけずに暮らす」って言葉を心に響かせ、「足るを知る」ことを実行してみませんか?



(平成29年8月一部修正)









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