新聞の記事で知ったのだが、現在東京の秋葉原などで「JKビジネス」が広がり続けているらしい。お散歩や占い、カウンセリングと称して女子高生が道行く男に声をかけているのだが、その裏では性的サービスが行われることもあり、それを目的とした客もいるとのこと。

 女子高生の小遣い稼ぎとされているが、その裏には「貧困」や「虐待」があり、食べるものがない、あるいは高校に通う学費がないが故に、入る子もいるらしい。

 それを読んでもう15年ぐらい前になるが、カンボジアにいた時のことを思い出した。

 当時のカンボジアはまだポルポトが生きていた頃なのだが、プノンペンの夜は10時頃になるとほぼ毎晩銃声が聞こえ、それがそろそろ寝ろと言うおやすみの合図で、宿の1階にあるカフェでみんなで話をするのをやめ、部屋に戻って本を読むというようにしていた。

 今はどうか知らないのだが、そのころのカンボジアは東南アジアでも最貧国のひとつで、当時農村地帯から売られた子供たちの売春が(外国からは)問題視されていた。僕がいた時も同じ日本人の若い男性が「今日12歳の女の子と…」と、さもあらんとばかしに話し、ぶん殴ってやろうと思ったことを今でも覚えている。(売春反対派ではないのだが、少女売春は反対。)

 おそらくカンボジアは今でも貧しい国には違いないのだろうが、数カ月前テレビで、日本人の若い人たちがカンボジアのこれからの発展に期待して、プノンペンやアンコールワットのあるシェムリアップで起業した番組を見た。きっと現在のカンボジアは貧しいけれども経済発展を夢見る戦後や高度成長期前の日本のような状態なのだろう。

 それに対して現在の日本は、僕がカンボジアに行った時のような状況になりつつあるのではないかと思った。貧困層は増え、遂には少女が売春にまで走らなければならないという…。

 日本の表面の世界は相変わらず消費を煽り立てるメディアが氾濫している。世間の物質的な発展は止まらない。3.11で一時薄暗くなった街も、今では再びネオンとスクリーンに映し出される映像だらけ。(まるでアーノルド・シュワルツェネッガーのトータルリコール)ITスピードはますます勢いづくばかり。その技術を使って夢のような(?)世界が広がっていく。

 当時の東南アジアは物価もかなり安く、いろいろなものが安く買えた。庶民はその中で生活し、一方金持ちはどこまでも金持ちで、当時の日本人よりも何十倍もお金を持っている状態。まさに富裕層と貧困層の格差の激しい頃だった。

 そして今日本もそれに向かっている。格差は広がるばかり。かつては国民総中間層と言われ、中流意識の人がほとんどであり、それがよかったのか悪かったのか分からないが、平等の時代だった。それが実力主義、資本原理主義となり、大競争時代に入り、崩されていく。今では貧困層と富裕層の格差はいかほどか!中間層は時代の中でどちらかに振り分けられる。大半が貧困層に突き落とされるのだろうが…。

 政府は経済成長、経済成長とオウムのように繰り返す。まるで経済成長こそが貧困から抜け出せる唯一の手段であるかのように。本当にそれで貧困問題が解決されるのか?

 そんな時ふと気がついた。まるでこれは日本の戦後じゃないかと言うことに。日本は今どんどん逆戻りしているじゃないか。

 バブルがはじけて25年、崩壊後からずっと停滞していた日本が急速に動き始めているが、それは逆戻りを始めたのではないか。思えば国民の新たな期待でもって生まれた民主党が、途中で方向転換したころから逆戻りを始め、そして現政権で更にそのスピードを加速させ、遂には太平洋戦争後の日本に戻っているのではないか。

 バブル後の20年停滞はしていたが、その中から様々な価値観が生まれてきた。多様性が育てられたといってもよいかもしれない。その中で二つに分かれた「豊かさ」。一方で「心」が重視され、スピリチャルが求められた。その一方では従来通りの物質的発展が追求されていった。

 振り返れば戦後は物質的社会の追求で発展をしてきた。そして今その物質社会が逆戻りして、今がもし戦後の時代にいるならば、その次起こりうることは「戦争」。

 秘密保護、集団的自衛権…。

 太平洋戦争は一方で第二次世界大戦。現実を見てみると、何者かが中国と日本の対立を煽り、北朝鮮と日本とのぎくしゃくを仕掛ける。そして世界ではウクライナや中東で戦争を煽る。と同時に世界に広下られる経済問題と金融問題…。

 下地はできつつある。このまま逆戻りし続けるならば…。

 では回避する方法は…?

 そのひとつはバブル後停滞期に生まれたもう一つの方向。物質主義から距離を置き、精神面での世界を求めていくことではないだろうか。少なくともその要素を取り入れなければ…。

 秋の夜長に垣間見た妄想かもしれない。けれども多くの人々が戦争への道を歩みだしているのではないかとの疑念を持っていることは確かなことだろう。

 我々は賢くならなければならない。



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