振り返ればもう20年以上前のこととなるのですが、オーストラリアをワーキングホリデーを使って1年間滞在している時のことです。

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タスマニアにレイクセントクレア・クレイドルマウンテン国立公園という現在は世界(自然)遺産となっているところがあるのですが、そのセントレイククレアという湖のそばの森(山)の中で遭難しかけたことがあります。

前日に何もない小屋(ベース基地)に泊まり、翌日ひとりで朝から湖のそばにある山の周りを一周するようなコースをトレッキングをして楽しんでいたのですが、山を越えたあたりで、いつの間にかコースから離れ、西も東も分からない状態となってしまったのです。

コース上には、行く方向を印した三角印があるのですが、いくら探しても見つかりません。

探せど探せどそれは見つからず、時間はどんどん過ぎていくばかりで、遂には夕方近くとなってしまいました。

その間徐々に体力は消耗する一方です。

その焦りで精神的疲労はどんどん積み重なっていきました。

何度も何度も大声で助けを求め叫んでも、何の反応もありません。


「Anybody Help me!」

シーン

(周辺に誰もいない…。)


遂にどうすることもできなくなり、倒木に腰掛け途方に暮れ始めました。

どうしよう。

当時の私は大学休学した若造であり、山歩きなどほとんどしたこともない人間で、こんな時の知識は全く何も持っていませんでした。

(方位磁石さえ持っていませんし、もちろん当時は携帯電話なんてありません…。)

一体どうすればいいだろう?

このままあきらめなきゃならないの?

怖い!

本気で怖いと思いました。

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何もできずに途方に暮れること数十分。

バックパックに入っていた最後の食糧を食べ、わずかな気力を取り戻しました。

もう一度道を探して見つからなければ、あきらめるしかない!

そう思った時、一瞬日が差しました。

(その日は朝は晴れていたのですが、途中から曇り空で、時々雨が降ったりしていたのです。)

その時影ができたのです!

自分の影、木々の影ができたのです。

今この時間帯だから、影の方向からするとおそらくこっちが南で、こっちが東…?

何も分からない状態にもかかわらず、その時はとっさにその判断ができたのです。

こっちに湖があるはずだ!

そう信じて一か八かで(湖があると思われる方向に)走り始めました。

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するとしばらくするとコース目印を発見したのです。

そして湖に出たのです!

助かった~。


それから湖に沿ったコースを再び歩き始めました。

夕暮れ近くとなり、日が暮れるまでにベース基地に戻れるかと時間を気にしながら、残りの体力を振り絞って、必死でコースを歩きました。

水は山から湧き出る小さな水の流れを見つけて飲んだり、いざとなったら湖の水を飲むしかありません!


歩きに歩き、数時間後遂に出発点にたどり着きました!

よかった~。

あたりはすっかり薄暗くなっていました。


すると急にお腹がすきました。

へとへとになった上に、もう何も食べる物はありません。

ベース基地においている(大きな)バックパックにも食べ物はありません。

ベース基地といってもただの小屋でしかないため食べ物が売られていることもありません。

そこでそのそばにあるお店を訪れドアをノックし、(閉店時間を過ぎ入り口の鍵も閉め、)レジのお金をチェックしている店員さんに頼みこんで、大きなチョコレートを売ってもらいました。

そして小屋に戻り、ベッド(?)に倒れ込みました。

それから3日間精神的にも肉体的にも疲労困憊し動くことも困難な状態が続いたのです。

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数年後、仕事でしんどい頃、ふとあの時何故助かったのだろうかと思うようになりました。


あの時日が差したのはなぜなのだろう?

もしかして何か意味があるのだろうか?

僕には何かやるべきことがあるのだろうか?

いくら考えても答えが出て来ません。

たまたま通りがかった教会に入り、牧師さんにそのことを話し、何か意味があるのかを尋ねてみたのですが、「何かあるのかもしれないし、ないかもしれませんね~。」とのことで答えは得られませんでした。

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そしてまた十数年が経ち現在となります。

スピリチャルな世界に足を踏み入れてもいれば、ひたすら社会貢献や自然(地球)に関心を持ち活動している私がいます。

今していることがその答えなのでしょうか?

やはり分かりません。

けれども何となく分かってきたこともあります。

それは「(あの時助かった)その理由は分からないけれども、何か意味がある。」ということです。

もしかするとそれは生まれてくる前に描いたシナリオかもしれませんし、そうでないかもしれません。

けれども一つ言えることは、私の人生を形成するうえで、あの日のことは確かに意味を持っているということです。

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死ぬまでにその答えは見つかるのでしょうか?

分かりません。


それを探すのが生きていく理由のひとつかとも思うのです。


人生とは時に摩訶不思議なもの。

それもまた愛あるアドベンチャー!

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らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~