Kさんの葬儀に参列した。

実はKさんとはこれまでに3度しか会ったことがない。

しかもまともに話をしたのは1度のみ。

1か月半ほど前のことだった。

けれどもその際Kさんとの不思議な縁を感じた。


Kさんとじっくり話をしたのは病院のデイルーム。

その時Kさんは癌のため再入院し、手術受けしばらく経ったときだった。

この日Kさんに会いに行くことを決めたのは急だった。

その日は雨降りの日曜日。

午後急に「Kさんのお見舞いに行かなかきゃ!」と思い、車を走らせた。


予想したことではあったが、Kさんは以前お会いした時よりも随分表情が変わっていた。

病室で最初Kさんを見た時、何だかゾクッと来た。

またあの感覚がよみがえるのか?と思った。(この件は後日また)


そしてこれもまた予想していたことだが、Kさんは最初僕が誰だか分からなかった。

けれどもこれまで2度会った時のことをひと言告げるとすぐに思い出された。

それからこれまでのことを含め、様々な話題を小一時間ほど話した。


病室を出て家に帰る途中、ずっと今回お見舞いに行ったのは、(魂レベルで)呼ばれたからだなと思った。


あれから1か月半、Kさんが亡くなられたことを知った。


Kさんに呼ばれたのはなぜだろう?

告別式の間、ずっとKさんとの縁について考えていた。


葬儀の時初めて知ったのだが、Kさんはチベット仏教だった。

インドに行き、お釈迦様の聖地を訪れたこともある信仰心の厚い人だったらしい。

それでまずひとつの答えが出た。


僕もかなり信仰心はある方。

僕の場合、仏教全般、特に空海。

故に真言密教。

そこでひとつつながった。

同じ仏教繋がり、密教繋がり。


それから病院でKさんと話をしたことを思い出した。

プライベートなこと、友人のこと、仕事のこと、そしてソーシャルな話題。

特にソーシャルな面でいろいろと意見を交わし合った。


思えばKさんとは全く同じではないけれど、(仏教をベースに)同じような理想を描いていたのだ。

理想的な社会(のあり方)を描いていたのだ。

きっとKさんはそのことを感じていたのだと思った。


告別式の間、嗚呼Kさんがこの場所にいるなと感じた。

全てを受け入れたKさん。

そして式の最期心の中にあることが浮かんだ。


自分の描いた理想の道を往きなさい。

(他人から何を言われようと、)ぶれることなく往きなさい。

それが悟りへの(一番の)道。


Kさんが僕に教えようとしたことはこれだと思った。


Kさんも僕も同じように悟りを求めていたのだ。

そして迷ってばかりの僕にアドバイスをくれたのだ。

Kさんとの縁がつながった。


Kさんのご冥福をお祈りいたします。