じいちゃんが亡くなった。

97歳、数えで99歳。

100歳までは生きていてくれると思ったのだが…。

子どものころからのいろいろな思い出がよみがえる。

ドライブに連れて行ってくれたこと、魚釣りに行ったこと、将棋にキャッチボールなどなど。

怒られたこともあったが、それ以上に優しく、一緒に遊んでくれたことを思い出す。

僕と違って働き者のじいちゃんだった。

いつも何かしら仕事をしていた…。

そして何でもできた。

米づくり、みかんづくり、庭木の剪定、経営、修理、藁を編んで亥の子の俵づくり…。

まさに百のことをする百姓だった。

そんなじいちゃんも骨折をして以来、ここ十年は寝たり起きたりの生活が続いていた。

時々起きて、天気の良い日は玄関に腰掛け、前に広がるみかん畑を眺めていた。

僕の仕事のひとつはここ数年間じいちゃんをお風呂に入れてあげることだった。

寝たり起きたりの生活で、耳もほとんど聞こえなくなっていたじいちゃんにとってお風呂はひとつの楽しみだった。

だからできる限り本人が満足するまで湯船に浸かってもらっていた。

けれども昨年末左肩を骨折し、入院してからずっと病院や施設での生活が続いていた。

肩の治りが悪く、結局家に連れて帰ることができなかった。

その為昨年の冬が最後の入浴介助となってしまった。

もっともっとお風呂に入れてあげたかった…。

そして生きていて欲しかった。

けれども97歳まで生きたことは、大往生。

死に方も潔かった。

晩年のじいちゃんは認知症だと言われていたが、僕からすればなんでもできる限り自分でしようとする、最後まで自立心の強いしっかり者のじいちゃんだった。

大好きで、尊敬するじいちゃん。

僕は大丈夫だから、安心して天国に行っておくれ。

そして天国から(まだ元気な?)ばあちゃんを見守っておくれ。

ありがとうじいちゃん。