先日局地的豪雨に見舞われ、家が床下浸水となる事態に至った。実はその時僕はその時2階の仕事場でデスクワークに没頭しており、強い雨が降っているなと思いつつも、まさか家が水浸しになっているとは思ってもみなかった。

 大雨により家の近所を流れる川が氾濫し、付近一帯を水浸しにしたのだが、床下浸水となったのは生まれて初めての経験だった。時々ニュースで大雨による床下まで浸かった家を見て気の毒だなとは思いつつも、まさか自分の家がそのような状態になるとは!

 更にはその川に沿ってみかん畑がある。後から行ってみると、みかん畑は完全に水没したようで、みかんの木が泥だらけ。葉っぱの汚れや、枝に絡まったゴミなどを見るに、優に大人の腰の高さまで水が来たようだった。

 みかん畑の片づけをしている時思ったことがある。それは今回の床下浸水、そしてみかん畑の水没といい、人災ではないだろうかという事である。

 子供の頃一度だけ近所の川が氾濫したのを覚えている。かかとのところまで水浸しになり、面白がっていた覚えがある。けれども決して家まで水が来ることはなく、川付近だけで収まっていた。それが今回付近どころではなく辺り一帯に水があふれ、床下まで水がやって来た。

 地球温暖化・気候変動で日本にも局地的豪雨が襲うようになった。今回の雨もまさにそれで地域の観測史上最高の雨量だったそうだ。

 けれども床下浸水した原因はそれだけでもないように思う。かつて子供の頃家の近所には家がたくさんあったけれど、1,2分も歩けば田畑だった。それが今では田畑はほとんどなく密集した住宅街。かつての田んぼはアスファルトと家とコンクリに変えられた。

 昔のように田畑がたくさんあったときには大雨が降ったとしても、そこが雨を吸収あるいは貯める役割を担っていた。けれども今では雨は大地に吸収されることなくアスファルトの上を滑るように流れていく。豪雨故にその量も増した。その行先はかつての用水路であり、行き着く先は川だ。それ故に川は一挙に増水し、容量を超えて氾濫する。

 みかん畑は川に沿ってあるので、そこは低い。みかん畑の周りは家や倉庫で、そこは土地が高くされている。それ故に低地のみかん畑に水は集中し、あっという間に飲み込んだのだろう。以前のように田畑がたくさんあれば、いろいろな場所に分散され、これほどまでには至らなかったのではないだろうか。

 現在みかん畑のあるところは市街化区域とされている。その為固定資産税も高い。以前市役所の農地課を訪れた時、そのエリアは住宅街とされていることを聞かされた。暗にさっさと土地を宅地に変えてしまいなさいと言われているようだった。

 けれども僕にとってはこのみかん畑は大事な畑。そして今では何より住宅街にあるオアシスだと思っている。人々はみかんの木々に癒される。緑を見て、花のにおいを楽しみ、そしてオレンジの実を見て季節を感じ、心が穏やかになる。

 田んぼにしてもそう。この季節なら田植えも終わり、苗が日々成長していく。カエルの鳴き声を聞き、子どもたちは田にいるカブトエビやらオタマジャクシを捕まえて遊ぶ…。今では子供たちもそのようなことはしないのかもしれない。(できる環境もない…。)

 けれどもこうしてのどかな風景を住宅密集地に変えてしまい、災害が起こるようになったのは、ある意味日本のそして県や市の都市政策の失敗ではないかと思う。

 近隣のアパートの空室率は増えていく一方で、今でも畑は宅地化され、住宅やアパートが建てられていく。すべては人間の経済優先政策のツケが廻って来たものではないか?

 サスティナブル~持続可能性~こんなところからも考える必要があると思う。




 HP「らいふあーと~僕らは地球のお世話係り~」もよろしくお願いします。