先日フォルクローレのコンサートに行ってきました。フォルクローレとは、ラテンアメリカの民族音楽の総称のことです。当日はケーナとサンポーニャという楽器を演奏する人と、ギターを弾く人の2人の演奏だったのですが、演奏される曲は、誰もが知っている「コンドルは飛んでいく」からオリジナルの曲まで様々な曲が演奏され、どれも心にジ~ンと染入るものでした。


およそ1時間ちょっとのコンサートだったのですが、ラストに演奏された曲は、それがオリジナルなのか、昔からある曲なのか分からないのですが、とても明るくテンポの良い曲でした。体が自然に動いてしまいそうでした。そしてその曲が演奏されている時に私の頭の中にメッセージが飛び込んできたのです。


それは、「人生は楽しむためにある!」というものでした。


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本来地球は充分なもの、あるいはそれ以上のものを人間に与えているのです。


ところが人間は地球の与える恵み以上のものを望んでしまいました。それが西洋思想であり、西洋の歴史であるのです。そしてその歴史とは搾取であり、搾取によって自分たちがあらん限りの贅を尽くすというものなのです。


その搾取の歴史として、私たちが一番よく知っているのは、奴隷制度や植民地政策です。現在これらは過去の歴史において起こったものとされていますが、その思想はしっかりと今も残っているのです。例えば外交です。現在の外交とは、いかに自国に有利な結果を交渉によって引き出すかという駆け引きとなっていいます。


外交にしろ、交渉にしろその本当の目的は、両者がWIN-WINになるようにするためのものです。けれども今も昔もWIN-LOSEのもとなっています。そして、その背後に見え隠れしているのが各国の「力」関係であり、「経済力」、もっと言えば「武力」そして、「脅し」であり、行き着く先は「戦争」です。



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本来日本を始め、アメリカ大陸、南ノ島の国々、東南アジア共に十二分に恵まれた土地です。江戸時代の庶民は、それを十分に享受し、明るく楽しく暮らしていたのです。アメリカ大陸に住むネイティブアメリカンも自然の恵みを享受し、自然(聖霊)と共に生きていたのです。南の島々の国々の人びとも自然の恵みだけで十分に生きているだけのものを得ていたのです。


そのような環境のもとで暮らしていく中に音楽もありました。それは旋律に基づくものではなく、神への感謝であり、人間の生に対するの喜びでした。もちろんそこには突然の死を悲しむものもあれば、時には自然の恐ろしさも含まれています。すべての音楽は生活の中に溶け込んでいたのです。


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ところが今や世界中が西洋的価値観に染まり、自分の欲望を満たすために、あらん限りに取ることをよしとするようになっています。与えられた範囲内で暮らしていくことなど過去のものとなってしまっているのです。


それを象徴するものがお金です。本来お金は良いものでも悪いものでもなく、人間の使い方次第なのですが、残念ながらそれが一つの権力の象徴と結び付けられるようになり、人々は手段を選ばずお金そのものを求めるようになってしまいました。


そしてその挙句の果てが、現在の地球環境であり、原発事故であり、テロです。これらは人間の強欲の結果引き起こされたものであり、このままでは人間は滅びるしかない状態になっています…。


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と、このようなネガティブなことをコンサートが終わった後に考えてしまったのですが、そのサンポーニャの音とそのメロディは全くその逆で、今を楽しみ感謝して、そして「人生は生きるに十分値するものである」ということを感じさせてくれるものでした。


フォルクローレが、西洋人が金銀財宝の略奪のためにやって来る前からあった音楽なのか、その後に生まれたものか分かりません。けれども最後に演奏された曲の根底にあるものは、古の時代からあるも「喜び」そのものでした。


お互いがごちゃごちゃした、策略ばかりの世の中よりも、地球の与えてくれる恩恵の範囲内で精一杯楽しく生きる人生を選びたいものです。そんな世の中をつくっていきましょう!





らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~