突然ですが、何かと心が揺れ動いてしまいませんか?ああしようと思いつつも、やっぱりこうじゃないだろうか、こっちの方が…、と迷ってしまう。本当は一本道を真っ直ぐ進めればいいのでしょうが、なかなか心を決めることができなかったりします。一体どうすればいいのでしょうか?


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スピリチャルな世界に興味があるだけに、スピリチャルな人と繋がることも多いです。その人たちの中には私よりもずっとスピリチャルな人が何人もいます。その1人は本当に様々なものや機会を引き寄せ、更には出会いも引き寄せており、「どうしてそんなに次々と引き寄せたり、繋がれたりするの~???」と、私から見れば思い通りの生活を送っているように見える人です。だからその人のことをずっと羨ましく思っていました。


ところが先日その人も課題を抱えていることを知ったのです。朝早くに目が覚めて、それからずっとその課題について考えているということを話していました。その話を聞いていたアドバイザーの人は、その人に対してアドバイスを与えていたのですが、それはスピリチャル的な答えでは全くなく、誰が聞いてもごくごく当たり前と思えることを述べていたのです。そしてその人はそれを聞いて涙を流していたのです。


別にその様子や話しを盗み見ていたわけではなく、たまたま隣のテーブルに座っていたために全部聞こえてきたのですが、その人が課題を抱えていることを知って、「あ~、みんな悩みを抱えながら生活しているんだな。すべてがうまくいっているように見える人でも、決して全部が全部うまくいくとは限らないものなのだなあ。」と思ったのです。



神様(天)は、この世に生まれてきたすべての人に、それぞれの課題を与えているのです。そう思いました。


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私たちがいるこの次元では、私たちは肉体、心、そして魂をもって生きています。そしてこの肉体は物質であり、物質=カタチあるものは、いつかは壊れます。つまり劣化していくのです。その劣化していく中で、身体や心にそれぞれに応じた課題が生じ(与えられ)て、それを解決しようとするのがこの世界だと思うのです。


世の中には権力を持って、人を操り、贅沢三昧できる人もいます。私たちからすると彼らは全てが思い通りに進められるように見えます。けれどもやはりその人なりに課題が与えられ悩むこともあるのでしょう。本当かどうかは分かりませんが、世界皇帝(ワールドトゥワーリー)だってリーマンショックで財産を失い、その補てんに走り回ったともいわれます。この世の天使も悪魔も悩むのです。



結局この世に生まれてきた限り、どのような人であっても何らかの課題が与えられ、それに対して大なり小なり心が動かされ、悩まされるものだと思います。そのようにこの世は出来ているのです。例え聖人君子と呼ばれる人であっても悩むのです。ただその課題をどう捉え、どのような態度でいるかというところが違うのでしょう。そしてそれを突き詰めてみれば、魂や天に行き当たり、魂の成長のためとなるのだと思います。


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宇宙は、この世は常に変化しています。一見何も変化していない、動いていないように見えても、ミクロの世界で動いていますし、あるいはあまりにも高速過ぎて私たちが感じないだけです。もし動かなくなった世界があれば、それは死の世界ともいえます。そしてその動き(変化)が「生」を産み、成長し、そして壊れていく(死を迎える)という永遠のサイクルを繰り返しています。そのサイクルの中で、どんな人も魂の成長のために、課題が生じ(与えられ)、心が揺れるのです。


その揺れる心を少しでも落ち着かせるために、コントロールすべきは意識であり、それはある程度は可能なものであると思うのです。例えもしそれが耐え難きものであったとしても、意識をどこに持って行くかで変わってくるのだと思います。より高い視点に意識を持って行く、あるいはより(心の)奥深くを見ていけば、そこに答えはあるのです。いえ、もともと私たちはその答えを知っているのです。もしかするとその心の奥深くにある答えを知るために心は揺れるのかもしれません。そしてどのような答えを導き出すのか試されているのかもしれません。


結局引き寄せにしろ、課題の解決にしろ、そこには難しい理論があるわけでなく、ただ心の声に素直になった時、それをありのままに受け入れられた時に必要なものも解決方法もも現象として現れるのかもしれません。そしてそれは決してスピリチャルなものではなく、ただ目の前にあることある「こと」や「もの」をどう捉えるか、そしてどう生きていくか、その姿勢にあるのかもしれません。揺れる心は私たちに心の声(天の声)にもっと耳を傾けるなさいと言っているのかもしれません。

 

 

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らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~