祉の道を歩む人たちの動機は様々だと思います。先輩の話を聞いて進もうと思った人、おじいちゃんおばあちゃんにかわいがってもらったことから介護士を目指そうと思った人、あるいは障がいのある兄弟がいたことなど、それぞれきっかけがあることと思います。私が福祉の道を進もうと思ったきっかけは「ありがとう」の言葉からです。最初はお金儲けの不純な動機もありはしたのですが、「ありがとう」の響きに負けてしまいました。今回はそのお話をしたいと思います。


5e8265c09ac6cb6170e0cc6a0bf8f778_s


20
代後半バックパッカーとしてオーストラリア・東南アジアを約4カ月かけ旅をしてきたのですが、それを終えて日本に戻ってきた際に「さて、これからどうしよう?」と考え始めました。その数年前から「経営コンサルタントになりたいなあ」と思っていたものの、これまで製造業で営業やメンテナンスしかしたことのない私がいきなりそうなれるものではありません。更に当時は住所不定、無職状態であり、まずは住処を何とかしなければと思い、行き着いた先が横浜であり、知人宅での居候生活でした。


居候先は自営業をしていたためその仕事を夜間は手伝っていたのですが、日中かなりの時間を持て余していたので時々近所にある釣り堀に行き魚を釣りながらボ~ッと時間を潰していました。釣りをしながらある時ふと周りを見渡すと壁の向こう側に「特別養護老人ホーム」という文字が壁に掲げられているのが目に入って来ました。


そういえばかつて友人が福祉の資格を取るので老人ホームに実習に行くって言ってたな~、とかつての友人との話しを思い出しました。暇だからどんなところか見にボランティアにでも行ってみようと思い、早速その特別養護老人ホームに電話し、ボランティアをさせて欲しい旨を伝えたのですが、「現在そのようなことは募集しておりません。」と断られてしまいました


現代ならば決して断られることはないのでしょうが、当時はまだ介護保険の制度もできておらず、まだまだ閉鎖的な場所だったのです。そのため「何だ、人の行為を!」と思いつつ、断られたものは仕方がないので、再びどうしよう?と考えながら近所を散歩をしていると、今度は市が運営する「養護老人ホーム」が目の前に現れたのです。ではここで!とボランティアを申し出たところ、今度は「いいですよ。」と承諾してもらえました。


けれどもそのころの私は養護老人ホームと特別養護老人ホームといっても何がどう違うかも分かっておらず、そもそも福祉というものさえよく分かっていない状態でした。まあ爺ちゃん、婆ちゃんが何かの事情でそこで暮らしているのだろうとぐらいしか思っていなかったのです。(今考えるといきなり最初に申し出た特別養護老人ホームに行っていたなら、福祉をやろうと思わなかったかも知れません。)


Dd428b261a0401155665062fc44dbe7c_s


それから養護老人ホームにボランティアに行き始めたのですが、そこで与えられた主な仕事は掃除でした。あとは話し相手であったり、たまに部屋まで車いすを押したり、おじいちゃんおばあちゃんの手をつないで部屋や食堂まで連れていくということでした。


そんなわけで特に大したことをするわけでもなく、ただ単におじいちゃん・おばあちゃんを部屋まで連れて行っただけなのですが、去り際にその方々から「ありがとう。」と言われたのです。


Photo_4


そこで化学変化が起こったのです!

その「ありがとう」という言葉が何だかとても心地よく感じたのです。

企業で働いていた時も機械を修理したり、点検したりした後に、お客さんから「ありがとう」と言われていました。けれどもその「ありがとう」とは全然心への響き方が違っていたのです。

「この感覚は何!? 一体なぜ同じ『ありがとう』という言葉でもこんなに違うの?」

と思いつつ、その心地よさは日本に戻ってきて以来ずっとどんよりしていた私の心に火をつけたのです。それから約2週間私はその老人ホームにボランティアに通い、心地よい「ありがとう」に触れ続けたのです。


こんなに喜ばれて、また自分も気持ちいいならば福祉の世界で働くのもいいなあと思い始めたのです。「そうだ、福祉コンサルタントになろう!」と思い、それから十数年間私は現場で高齢者から「ありがとう」の言葉を聞き続けることになるのです。


532a6e49ee8cde892faa2279bb0faa68_s


もし今あなたが企業で働いていて、私はここで一体何のために働いているのだろうと悩んでいるならば、福祉体験をしてみるのもいいかもしれません。介護業界や高齢者福祉といえば、安月給に、長時間労働、そしてその離職率の高さもなにかと話題となっていますが、そこにはそれら以外の別の価値があります。


上辺だけではない本当の人の優しさを感じることもできれば、人の死に向き合い、生の意味や人生の意味を考えさせてくれます。そして何よりも純粋に「ありがとう」という言葉に何か感じるかも知れません。まあもちろんヘタをすると罵声を浴びせられるかもしれないけれど、それはそれでまたご愛敬です。




らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~