先週前半四国はほとんど雨の毎日でした。時に滝のような雨が降り、川が氾濫しなければよいのだが…と思ったものです。そして大雨が降り続いたと思えば、週末に雨はピタッと止み、今度は太陽がギンギンに照りつける猛暑となり、連日の暑さに辟易しています。このところの連日の雨でみかん畑に作業に行くことがなかったのですが、数日ぶりに訪れてみると、草が生い茂っており、そのパワーに驚くと同時に、今度は日光エネルギーで更に成長するのではないかと思い、草刈り仕事に終わりはないな…と思う次第です。


しかし考えてみれば、天気はあるようにあるだけなのに、雨や太陽を憎らしく思ったり、恋しがったりと、人間の心とは自分勝手で都合のいいようにできているものです。そしてこうして四季があり、梅雨があり、そして植物の成長サイクルを見ると、改めて日本は自然豊かな国だと思うのです。その循環力は相当のものです。そう考えればよいのでしょう。


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さて再び今年の日本の気象を見てみると、熊本・鹿児島県のように平年の2倍近くの雨が1,2週間に降る地域があれば、一方で関東のようにダムの貯水量が下がり、この夏の水不足が心配されている地域もあります。同じ日本でも状況が全く違い、日本列島の長さを知ると同時に、どんなに科学技術が発達しても私たちは天気をコントロールすることはできず、ただ祈るしかないということが分かります。改めて私たちは地球や自然にはかなわないということを思い知らされると同時に、地球の恵みによって生きているということを実感します。


それにも関わらず私たちは日々地球を破壊し続け、自分たちの都合の良いように変えていこうとしています。そして地球のことなど考えることなく、取った・取られた、返せ・返さないの争いを相変らず繰り返しています。私たちがここにこうして今を生きているのは、地球の恵み、宇宙のお陰であるのに…、悲しくなります。


私たち人間の争いとは、地球や宇宙に比べるととてもとても小さくて、くだらないものです。それにもかかわらず、いつまでたっても自分たちの小さなエゴ(欲望)に振り回されています。現在地球環境が激変し、異常気象となり、自然災害も頻発している今こそ、私たちはこれまでの人間のあり方を見直し、地球を自分たちが生きていく上でのベースであることを認識し直す時ではないでしょうか?


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そしていつも思うのですが、もし私たちが地球の恵みによって生きているということを根本にすることができれば、人間が追いかけまわしているエゴなど小さなものであり、取るに足らないものであることに気付けると思うのです。もちろんそれでエゴがなくなるいわけではありません。けれどもエゴのベクトルを変えられると思うのです。


今こそ意識をどこにおくのか?自分の中の欲望におくのか、それとも地球の恵みを感じ、共に生きていることに置くのか、それを感じる時ではないでしょうか?この2つの違いで、人間の生活は大きく変わるでしょうし、それこそが今人間に問われていることだと思うのです。


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毎年毎年夏は暑くなり、人間の体をじわじわと傷めつけています。熱中症で搬送される人は増え続けています。また時に異常な雨が降り、多くの家屋を破壊したり、人々が死にいたる災害が発生しています。これこそ地球(自然)からの私たちへの直接のメッセージではないでしょうか?あなたはこのメッセージにどう答えますか?これを機に考えてみませんか?

 


参考資料はコチラ


(平成29年8月一部修正)



らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~