大量生産・大量消費という言葉をよく耳にすると思います。大手のスーパーやドラッグストア、あるいはディスカウントショップや100円ショップと呼ばれるところなどはまさにそこに当てはまるのではないでしょうか。現在ではほとんどの人が大なり小なりそれらの恩恵を受けていると思います。中にはなくてはならないと思う人もいると思います。けれどもそろそろ見直しを考える時期に来ているのではないかと思うのです。


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先日とある食品加工の企業を訪問することがありました。13時にアポイントを取っており、到着したのが12時50分ごろだったのですが、ちょうどその時大勢の外国人が次々に工場に入っていくところでした。社長に聞いたところ、その多くがネパールから語学留学として日本にやってきている人で、アルバイトが許可されている範囲で働いているとのことでした。


その席には人材派遣に関わっている人もおり、近頃は中国・タイ・ベトナムは自国の人件費の高騰により、彼らを(実習生として)確保することが難しくなってきており、自国の物価・賃金がまだまだ安い国の人たちが日本にやってきているとのことでネパールからきているとのことでした。また今日本の産業は彼らの労働力なしには決して成り立たないとのことでした。


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そこで私が疑問に思ったことは、この産業構造は必要なのだろうかということです。


ただし外国人労働者を使うことが良い悪いなどという問題ではなく、私が頭に思い浮かべたのは、最近よくニュースなどで耳にする、食べ物の異物混入の為に食品を廃棄するという問題です。その量は何万、何十万という数量であることがよくあります。それだけの量を廃棄するということはいったいどれだけの食料を無駄にしてしまうのだろうと思うのです。


ごくわずかの異物混入の為に全部捨てるのはもったいないとなると、下手をするとそれを転売してしまうということにもなりかねませんが、それでもやはりもったいないと思うのです。中にはそのためにどれだけの生命が犠牲になるかもしれません。このことを考えると、産業構造のシステム自体に問題があるのではないかと思えるのです。


大手のスーパー、レストラン、食品関連事業者は日々競争の中でコストカットを迫られていますし、また迫ってもいます。それが故に下請けの(加工)業者に大量発注することで、価格を下げるようになります。下請けの加工業者はその量をその価格で捌くために、分業システムを作り、作業効率を最大限に上げようとしますし、またなるべく人件費を抑えようともします。それがゆえに外国人実習生と呼ばれる人たちが集められます。そしてそこで行われるのが、単純作業と流れ作業でとにかく数をこなしていくシステムです。そこにあるのは機械化できない部分を人間を機械のように使うということではないかと思うのです。そしてこれこそ大量生産・大量消費という物質主義の象徴ではないかと思うのです。


物質文明に陰りが見え始めた現在、そろそろこのシステム~コンビニや大手スーパー、大手レストランのように全国一律に同じものを販売するという制度~を見直したほうが良いのではないかと思うのです。工場のように大量に(同じ)ものを積み重ねて販売するのはもうそろそろやめてもよいのではないでしょうか?


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その代りに私が提案するのは、「道の駅型スーパー」を増やしていくということです。少量かつ地域ならではのものを売買するようにすればいいのではないかと思うのです。そうすることによってもし異物混入することがあっても大量廃棄することもなく、必要最低限で済むと思えますし、毎日永遠と続く単純作業をすることなく、もっと人間らしく働けるようになると思うのです。


もちろんそこには大量生産し、保存するために使われる添加物という化学物質も入れられることもないでしょう。それよりももしかすると今日食べる人々の顔を想像しながら作ることができますし、そこには喜びや愛情がいくつのもの段階で込められるのかもしれません。同じように買う人もつくる人の顔をイメージすることができます。また高齢者が尊敬され活躍できる場が増え、そしてその技の継承ができるかもしれません。あるいは障がい者の雇用も増えていくかもしれません。そうなると作る側も食べる側もお互いにハッピーになるのではないでしょうか?


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考えてみると、大量生産された品物は、好き嫌いの感情はありますが、作り手の顔を想像することなど全くなく、たとえあったとしてもコマーシャルに出ている俳優やそこで出てきたフレーズではないでしょうか?それらのものは全てコピーライターの人やプランナーの人が考えたものなのです。


時代の境目、大企業による大量生産・大量消費の限界と崩壊を私たちはこれから目にするのかも知れません。けれどもその崩壊と同時にそこに現れるてくるのは、一人ひとりの顔が想像でき、みんながハッピーになれるものが芽を出してくることなので、心配せず、楽しみにしましょう!



らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~