前回は縄文時代から江戸時代までの歴史を振り返り、江戸時代にジャパンパラダイスが作られたのは、弥生時代から戦国時代までに流入してきた文化を、1万年以上続づいた縄文時代に形成された遺伝子~自然に寄り添いながら生きていく平和的DNA~が、それらをミックス・中和し、縄文DNAと調和させていき出来上がった暮らしがそれであるとの考えを述べました。当時の日本人の幸せそうな表情や暮らしぶりを見て、(幕末に日本を訪れた)西洋人は驚かずにはいられなかったのです。
             
さて今回は幕末・明治維新から現代までの日本の変換を見ていきたいと思います。
幕末から明治・大正にかけて日本を訪れた西洋人たちは、その日本人の幸せそうな暮らしが、彼らの来訪により破壊されていく(いった)ことを知っていました。
             
「いまや私がいとしさを覚えはじめている国よ。この進歩は本当にお前のための文明なのか。この国の人々の質樸な習俗とともに、その飾りけのなさを私は賛美する。この国土の豊かさを見、いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができなかった私は、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えようとしており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているように思われてならない。」(1857ヒュースケン)
             
「日本人は宿命的第一歩を踏み出した。しかし、ちょうど、自分の家の礎石を一個抜きとったとおなじで、やがては全部の壁石が崩れ落ちることになるであろう。そして日本人はその残骸の下に埋没してしまうであろう。」(1855リュードルフ)
             
「古い日本は死んで去ってしまった、そしてその代わりに若い日本の世の中になったと。」(1905チェンバレン)
             
「明日の日本が、外面的な物質的進歩と革新の分野において、今日の日本よりはるかに富んだ、おそらくある点ではよりよい国になることは確かなことだろう。しかし昨日の日本がそうであったように、昔のように素朴で絵のように美しい国になることは決してあるまい。」(1925ウェストン)
             
とあるように、当時の西洋人は日本の西洋文明の流入により、物質的には豊かになるであろうが、その国土の美しさや人々の素朴さや純粋さは失われてしまい、最終的には(国ごと)全部が崩れてしまうことを予感していたのです。
             
幕末の西洋人の来訪、開国、国内の動乱、そして明治維新となり日本は西洋文明(物質文明・科学文明)を続々と導入し始めます。もちろんそれは西洋各国の植民地政策への対抗策であったと思われます。幕末に下田に現れた軍艦を初めて見た時、日本人はきっと腰を抜かしたでしょうし、その後彼らの持つ軍事力、科学文明、そして中国、東南アジア各国の(悲惨な)状況を知れば知るほどこのままではいけないと思い、立ち上がる人々がいたのは当然であったことでしょう。
             

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ここで西洋諸国の歴史を振り返ると、それは民族間の争い、そして宗教間の対立の2つが大きく占めてくると思うのです。ヨーロッパ大陸はアジア大陸と接しており、アフリカ大陸とも近く、その歴史は各民族間の争いであったと言えます。古くはギリシャ文明の時代から、ローマ帝国、そしてゲルマン人の大移動、ペルシャとの戦い、英仏戦争を始めヨーロッパ各国同士の争いと、民族間の争いの歴史を遡れば3,000~5,000年、あるいはそれ以上になるのではないでしょうか。同じく宗教の対立となると、誰もが思い浮かべるのがキリスト教とイスラム教の争いであり、610年のイスラム教の成立からともいえますし、それ以前にもユダヤ教とキリスト教の対立、キリスト教の各宗派の争いがあったのも確かですし、こちらも遡れば同じく2,000年以上宗教間の対立がるともいえます。このように西洋諸国の歴史は、対立や争いが切っても切れない関係であり、そこには争いのDNA、勝ち抜くためのDNAが形成されているとも言えるでしょう。
             
この対立・争いの本質を見てみると、強いものが勝つ、あるいは独占するということであり、領土、財宝、そして人々の命の取り合い・奪い合いともいえます。より多くを殺し、降参させ、奪い、奴隷とする。オールオアナッシングの世界といってもよいのかもしれません。それが故に西洋人は勝つため、生き抜くために戦いの知恵を磨き、科学を発達させてきたと言えるでしょうし、もしかするとその正当化やその意味を見いだすために哲学を発達させてきたと言えるのかもしれません。
             

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さて日本の歴史に戻り、明治以降の日本は列強諸国に対抗するためにパラダイスを捨て、富国強兵政策を取り、日露戦争を戦い抜き世界にその強さを知らしめます。思えば江戸末期の日本人は驚異的な体力を誇り、武士道の精神からも、そのころの日本人の強さとは途轍もないものがまだ残されていたのでしょう。その後日本はアジア各国へ進出し、いくつかの戦いを繰り広げ、遂には太平洋戦争で敗戦を迎えます。ある意味開国から太平洋戦争までに日本は西洋諸国の文明を取り入れると同時に、日本古来のものを失っていった、その上で3000年以上の争いのDNAをもつ民族の土俵で戦いを挑んだのですから負けて当然といえるのかもしれません。
             
戦争に負けはしましたが、ここでひとつ面白いことが分かります。太平洋戦争の間鬼畜米兵だったのが玉音放送で敗戦を知らされた直後、日本人は親米となります。と同時に焼け野原となった東京を立て直していくのです。それは前にも紹介しましたが、幕末に西洋人によって描かれている(江戸末期の)日本人そのものではないかと思うのです。
             

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「日本人とは驚嘆すべき国民である!今日午後、火災があってから三十六時間たつかたたぬかに、はや現場では、せいぜい板小屋と称すべき程度のものではあるが、千戸以上の家屋が、まるで地から生えたように立ち並んでいる。…女や子どもたちが三々五々小さい火を囲んですわり、タバコをふかしたりしゃべったりしている。かれらの顔には悲しみ跡形もない。まるで何事もなかったように、冗談をいったり笑ったりしている幾多の人々をみた。かき口説く女、寝床を欲しがる子供、はっきりと災難にうちひしがれている男などはどこにも見当たらない。」(ベルツ)
             
「いつまでも悲しんでいられないのは日本人のきわだった特質の一つです。生きていることを喜びあうという風潮が強いせいでしょう。誰かの言葉に『自然がいつも明るく美しいところでは、住民はその風景に心がなごみ、明るく楽しくなる。』というのがありましたね。この国の人たちはまさにそれで、日本人はいつのまにかそういう自然に感化され、いつも陽気で見た目によいものを求めながら自分を深めていくのです。」(マーガレット・バラ)
             
これらを読んだ後、敗戦後の日本を想像すると、「ギブミー チューインガム」と米兵に向かってかける声や「東京ブギヴギ」の曲を思い出さずにいられないのです。
             

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そしてその後高度経済成長期を経て、途中何度かの停滞もありはしたものの日本経済の躍進は凄まじく、遂にはアメリカの魂といわれるロックフェラーセンターを買収するまでに至り、経済繁栄を謳歌するに至ります。いわゆるバブル経済ピークであり、この頃の日本は明治以降の物質主義を取り入れた新しい日本、その結果生み出された日本(物質ジャパン)の最高潮にあったともいえます。さて戦後からこの間に出来上がった日本の企業スタイルといえば終身雇用制度であり、年功序列であり、いわゆる家族的経営スタイルです。この家族的経営制度は今思えば、物質主義と経済を縄文時代からの遺伝子が中和させ出来上がったものではなかったかと思うのです。
             
しかしこの頃の日本は「自然に寄り添う」という一番大切なものを忘れていたことも確かです。物質主義に溺れ、お金にまみれていました。お金がお金を生み出し始め、お金で何でもできるという風潮が生まれたのもこの頃ではないでしょうか。そしてそれは日本人の驕りとなり、西欧諸国、特に米国から反感を買い~同時に恐怖も煽り立てたことでしょう~、そこから経済戦争、金融戦争というこれまでの目に見えて殺し合う争いとは違った戦いが始まります。ただし今では、そこに(裏では)見えない暴力が介在していたことも今では明らかになりつつあります。そして日本はこの経済戦争、金融戦争に見事に破れ、搾取され続け、バブル崩壊からの停滞状態が四半世紀過ぎた現在も続き、立ち直れずいます。
             

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この30年間市場原理主義が導入されてグローバル化は加速し、ITの発展は益々進み、金融経済は過激さを増していきます。世界はインターネットでつながれ夜も昼もない世界となります。そして競争が更なる競争を煽るようになっていきます。10年ひと昔と言われたものが、ドッグイヤー、マウスイヤーといわれるようになり1分1秒を争うようになりました。企業の在り方は一変し、社会も凄まじい勢いで変化していきます。それと同時に精神が壊れる者は増え、自殺者も増え、そしてこれまで考えられなかったような事件が起こり始め、人々の社会への不安は増していく一方です。
             
そして今では日本ではなく世界中が競争にさらされ、喰うか喰われるかの争いを繰り広げています。それは企業間の競争だけでなく、宗教間、国家間の争いともなり、人も企業も宗教も己の利益追求一色となり世界はまるでハイエナのような社会となっています。その結果日本だけでなく、世界中がボロボロとなりっています。経済基盤、金融基盤も崩壊寸前です。人間社会も同様です。更には地球も破壊尽くされ、今や大地も水も空気も汚染されています。その為に気象変動は起こり、この先地球はどうなるのか誰も分からないのが現状です。
             
日本は先に記した礎石を1個抜きとった状態から、今やすべてが崩れ落ちた状態になっているともいえます。そして間もなく世界も同じような状況を迎えようとしているように思えます。いま世界中は各国の経済も金融もそして政治システムも騙し騙し維持しているのがやっとの状況です。この先日本はどうなるのでしょうか?世界はどうなっていくのでしょうか?明るい未来がやって来るのでしょうか?それとも…。
             

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ここから先はまだ誰にも分かりません。けれども今のままでは益々地球は破壊されていくことは確かです。それは益々人間の生存環境が脅かされていることを意味します。だから私はこのままで流されていくならば暗い未来になってしまうと思います。それが故に歴史を振り返って来ました。そして今こそ江戸を学び、縄文のDNAを復活させ、新しい日本を生み出していく意思をしっかりと持つべき時だと思うのです。
             
私たちの中には縄文時代にしっかりと組み込まれた、自然に寄り添い生きていく、中和させ、調和させるDNAが組み込まれています。そして一度はそれを江戸時代に見事に外から入って来た文化を中和させ、調和させ西洋人から称賛される暮らし、そして国を創りあげました。それから150年を迎えた現在、今度はそれを意識して心がけ、新しい日本を作ろうとするときだと思うのです。現在科学は150年前と比べると凄まじい発展を遂げました。
その科学によって人間の意識の研究も盛んになってき、人間の意識が大きく社会形成にも関係していることが明らかになってきています。それ故に意識することはとても重要です。
             

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更に現在縄文の中和要素が再び働き始めているように思います。人々は、特に若い人々の間で、シェアすることを良しとする考えが増えてきました。また地方においては、経済的効果を狙ったものですが、地域おこしが活発となり、各地域で昔からあるものをよしとし始めました。外国人も日本の歴史や風景を求めてやって来る人が増えてきました。これらはすべて物質主義や経済を中和していく過程ではないでしょうか?私たちは今これらのことを意識し、次なる未来をイメージして、育てていくべきだと思うのです。
             
「古い日本は妖精の棲む小さくて可愛らしい不思議の国であった。」(チェンバレン)
              
もしかするとアニメもコスプレも中和過程の最中なのかもしれません。そして今度の中和過程は日本国内だけでなく、世界へと発信し、世界を中和していくことになるのかもしれません。世界は益々混乱を深めていく様相です。そして彼らの持つ歴史からして「中和」よりも争いの遺伝子が今も表に出ています。中和できるのは縄文の遺伝子を持つ日本人です。それを彼らに事実として示すしかありません。だから私たち日本人の手に世界の未来・地球の未来がかかっているのです。争いの遺伝子をやさしく包んで、新たな未来を築いていきましょう!


             
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参考文献:「逝きし世の面影」 渡辺京二著 (平凡社ライブラリー)


             


             
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