世界で相次ぐテロ事件、北朝鮮のミサイル発射問題、中国の東シナ海への進出、アメリカ・ヨーロッパの混乱、そして国内では貧困格差、大企業の波乱、商品価格の上昇、ストーカー事件に親殺し子殺し、感染や疾病、更には放射能、地震に異常気象など。私たちはまるで不安の中にいるようです。


健康、子育て、老いなど生活に関する不安、異常な事件による社会に対する不安、そして世界や地球規模の不安など、次から次へと不安ごとが生じ、まるで不安を背負って生きていきなさいと言わんばかりです。庶民である私たちはもちろんのこと、例え権力者や名誉のある人、あるいは有名人などお金持ちというような人たちであったとしても不安を持って生活しているようにも思えます。一体どうなっているのでしょうか?

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「健康と満足は男女と子どもの顔に書いてある。」(ティリー)

「日本人は毎日に生活が時の流れにのってなめらかに流れていくように何とか工夫しているし、現在の官能的な楽しみと煩いのない気楽さの潮に押し流されてゆくことに満足している」(ジョージ・スミス)


「誰もがいかなる人々がそうでありうるよりも、幸せで煩いから解放されているように見えた」(オズボーン)

 逝きし世の面影」渡辺京二著平凡社ライブラリーより


幕末に日本を訪れた西洋人たちは、日本人を見て上記のような印象を持ちました。何だかそこには現在とは正反対の世界があったように思えます。現在の日本人を外国人が見るとどのように思うのでしょうか?上記のような印象を持つでしょうか?これまで見てきた自殺率、貧困率などそこからは上記の感想を持つことはとてもできはしません。


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前回幕末から明治、昭和の敗戦からバブル経済、そしてその崩壊後の今日までをみてきました。経済戦争・金融戦争の結果、利益争奪一辺倒の世界、エゴむき出しのハイエナ社会となり、今では日本だけでなく世界各国が崖っぷちに立たされています。そしてそれが生活の安定を脅かし現在の不安となって現れていると思われます。



さてこの不安の原因を探っていくと、ハイエナ社会の結果生み出されたことももちろんなのですが、その奥には2つの要因があることが考えられるのです。ひとつは「人為的に生み出された不安」であり、もうひとつは「日本人の土台に反する生き方によって生み出された不安」です。


まず人為的に生み出された不安とは、例えば現在世界中でテロが発生し、日本でも起こるのではないかという不安にさらされています。テロといえば多くの人が思い出すのが911のニューヨークの貿易センタービルでの事件だと思います。これをきっかけにテロに対抗するとして中東での戦いが始まり、そこから世界中にテロが広まったと言えます。けれどもこの911事件に関しては発生後から数多くの疑惑が出てき、今では権力者たちによるヤラセであったことが明らかにされつつあります。更に現在世界中のテロの根源となっているISIS集団。これもまた権力者たちにより世界に混乱をもたらすために生まれたものであることが明らかにされつつあります。そしてその根底にあるのは、それによりお金を儲けようとする権力者たちのエゴです。権力者たちの限りなきエゴの追求の結果私たちの不安は生じているのです。これが人為的に生み出されている不安です。


そしてもうひとつの日本人の土台に反する生き方によって生み出された不安とは、放射能問題もそうですが、明治以降の主たる政策となって来た物質主義の極致による不安です。現在の社会は利益争奪戦のハイエナ社会であることは先ほども書きました。そこには日本人の土台となる縄文時代のDNA「自然に寄り添う」というものは全くありません。この150年間日本が取ってきた政策は自然と相反するものがほとんどでした。それ故に何度も公害が発生し、人々の健康が害され、同時に自然も破壊されてきました。今では地方でも都市化が進み、県庁所在地を中心に多くの人々が自然とかけ離れた環境の中で暮らしています。

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この2つの不安の要因ですが、どちらもいわば人間のエゴから発生しているものです。なのでどちらも人為的といえば人為的です。けれどもひとつめの人為的要因とは一握りの人達(大なり小なりの権力者たち)の欲望から生じているものであり、もうひとつは民衆を含めた多くの人、つまりは人間の持つ欲望(エゴ)から発生しているものです。


ひとつめの人為的要因には現在大きな変化が生じてきています。それはこれまで(権力者たちの力によって)裏の世界に隠されて決して表には出てこなかったものが、ウィキリークスなどによって暴露され、世間に知らされるようになってきたことです。アメリカの世界各国への盗聴、ISISの秘密などが次々と暴露され、それらはネットを通じてアッという間に広がるようになりました。日本でも一時大きな話題となったのがスノーデンファイルでしょうし、あるいはタックスヘイブンのパナマ文書などでしょう(但しパナマ文書に関しては更なる疑惑がありますが…)。国内問題では加計学園の問題、豊洲市場の問題などもそうであると言えます。この傾向はこの先益々大きくなり、これまで裏で行われていたことがどんどん表に出てくると思われます。


そしてもうひとつの日本の土台に反する生き方ということですが、こちらもその変化の兆候は少しずつ現れてきています。「自然に寄り添う」ということは、これまでに述べてきた中和され、調和するということであり、更に言えば共存・共生していくということにつながってきます。現在アウトドアブームが日本中でブームとなっていますが、それもそのひとつの徴候といえるでしょうし、前回書いたシェアをするという概念もそのひとつであると言えるでしょう。その他数年前から大きく広がり始めた共感による資金調達クラウドファンディングもその関連といえます。

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さてこの2つのうち、ひとつめの人為的要因はこの先これまで秘密裏にされていたことが次々と明らかにされていくことでしょうから、秘密を抱える権力者や国民を欺いてきた人たちはその居場所が徐々に狭められていくことでしょう。その為自己の欲望を満たすために人々を欺くことはこれからは難しくなっていくと思われます。故に自然淘汰されると言ってもよいのかもしれません。ただしそこには権力者にすべてを委ねるという庶民のこれまでの姿勢ではなく、1人ひとりの自立と自覚が求められるのは言うまでもありません。


そしてもうひとつの土台の上で生きていく、自然に寄り添って生きていくということですが、これは人間のエゴ=物質的所有の欲望、あるいは便利さを求める欲望から生じ、そこから外れていった結果が現在の状況となり不安を生じているものです。現在シェアの文化が広がり、自然回帰への傾向が見られてはいます。けれどもそれ以上のペースで人々は欲望を追い求め自然を破壊しています。日本人にはその傾向は減少しているのかもしれません。けれども世界をみれば圧倒的に欲望を追い求めているのが現状です。このことに関して私たちは意識しなければなりません。そしてどこかで歯止めをかける意志を持たなくてはなりません。

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現在あらゆるメディアはこぞって人々の欲望を駆り立てようとしています。テレビもネットも消費を促すものを垂れ流し続けています。政府も消費することを奨励し、中央銀行と組み、お金をばらまき続けています。それでも消費は思うように伸びていません。何故でしょう。それは日本人の持つDNAが働き始めているからです。バブルが崩壊して以降、停滞期を経て、そのDNAが少しずつ働き始めているのです。だから縄文時代の生活が明らかになりつつあり、そしてまた江戸時代の日本人の暮らしが注目されているのです。


私たちはこのDNAの働きを意識するべきです。そしてどのように未来を築いていくべきなのか考えていくべきです。決して何も縄文時代や江戸時代の生活スタイルに戻れというのではありません。この150年間に入ってきた豊かさもあります。それらを一度整理し、中和し、調和させ、そして自然に寄り添う新しい生活スタイルを確立しなければなりません。それができるのが日本人なのです。


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