私たちはなぜこの世に生まれてきたのでしょうか?

ただ自然の法則のまま命が与えられ、この世に誕生し、今世一世限りの人生なのでしょうか? それとも何らかの生まれてきた理由があるのでしょうか?


もし一世限りの人生ならば、一生の中でいかに欲しいものを手に入れるか、競争に勝ち、少数の者が勝ち組としてうらやましがられ、大多数は成功者をうらやましく思いながら、そして人生を終えていく。それも仕方のないことなのかもしれません。


けれども石器時代から現代までの歴史は物語っています。小集団グループから始まり、国家ができ、王政となり、そして民主主義となった現在。自然にあるものの利用・人力から始まり、手工業から科学が発達し、機械やコンピューターが開発され、自動化され、便利化してきた社会。それらの発達とともに人々は自由と豊かさを手に入れて今日の私たちがあります。けれども一方でその過程の中で失ったものがあり、今私たちはその記憶を頼りに反省し、必要なものと不必要なものの選択を迫られています。


歴史を振り返ると、私たちはその時代の発展を次の世代につないでいき、そこに新たな発展があり、それをまた次の世代へとバトンを渡す、その繰り返しの上に現在があるということが分かります。いわゆるご先祖さま方から受け継いできたものと、それらを進化発展させたところに私たちの社会の基盤と未来があるのです。もちろん中には間違ってしまったものもあります。奴隷制度、核兵器の使用、共産主義などがそれに当たるのでしょう。間違いを犯し、それを修正しつつ、発達させているというのが人類史といえるでしょう。


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人間一人ひとり、生まれてから死ぬまでの数十年間に、ものごとや知恵を学び、成長していきます。その人生の舞台は過去からの積み上げのものと同時に、時代が進むごとに進化・発展していきます。そして次の世代へとその舞台を引き継いでいきます。


まずここで私たちは次の世代に繋いでいく、バトンを渡していくということが分かります。もしバトンを渡すことができなければ、この地球における人類史は終わりを迎えることになります。すなわち私たち人間としての役割のひとつは、次の世代につなげていくということです。


先に人類は間違いを犯しつつ、それを修正しつつ、発展させていくということを書きましたが、その言葉を表すもののひとつに「温故知新」があります。温故知新(おんこちしん)~故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る~昔の事を調べて、そこから新しい知識や見解を得ること。よく人々がこの先未来がどうなるかということ推測するにあたって、「歴史から学べ」といわれるのは、まさにこの言葉にも当てはまるのではないでしょうか。もちろんここには過去の過ちから学ぶということもあれば、過去の成功事例から学ぶという両方があります。


現在ではほぼ使われなくなった言葉のひとつに「袖振り合うも多生の縁(そでふりあうもたしょうのえん)」というのがあります。その意味は、「知らない人とたまたま道で袖が触れ合うようなちょっとしたことも、前世からの深い因縁である」ということです。多生の縁、あるいは前世からの因縁とは、いわゆる輪廻転生、生まれ変わりのことです。江戸時代まではこの故事、そしてこの言葉は日本人みんなが持っていた当たり前の感覚・考えでした。それが明治以降の近代化、そして物質時代の進行により、今ではすっかり忘れ去られ、それどころかオカルトの域ともされるようになりました。


けれども現在、量子や意識についての研究、そして、子供の胎内記憶、臨死体験など、まあこれもオカルトといわれてしまいそうですが、これらの研究が進むにつれ、どうやら私たちはこの世に自然の法則のまま今世限りの命が与えられるようではないことが明らかにされつつあります。だから私は思うのです。今こそ温故知新で「袖触れ合うも多生の縁」をもう一度学ぶべきだと。そして輪廻転生の考えを現代社会に取り戻すと同時に、この先、未来の生き方に生かさなければならないと思うのです。


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そろそろ直球で行きましょう。私たちはたまたま与えられた命、今世一世限りの命ではないのです。今世この世に生まれてきたのには理由があります。それは私たちの持つ永遠の生命(いのち)、すなわち「魂」を磨くために生まれてきたのです。魂を成長させること、「愛」を学ぶために生まれた来たのです。そしてそれらは生まれてくる前に自分自身が決めてきた使命を果たすこと、自分自身の課題の解決(カルマの解消)することで、最もその目的を果たすことができるのです。


そして私たちは魂を成長させること、愛を学ぶことをこの星、この地球に生れ、この地上を舞台に行うのです。そうこの地球を舞台として、魂を磨いていくのです。生まれてから死ぬまでの数十年間私たちは地球の恵みを頂きながらそれらを行うのです。そしてまた次の世代へとつなげて、次なる時期が来れば再度この地上に降り立ち、再び魂磨きを行うのです。ならば私たちはまた戻って来る時のためにもこの地上を、この地球を大切にしなければなりません。数十年間魂磨きの修行をさせてもらい、そのことを感謝して、生まれた時よりも美しい状態で次世代へバトンを渡さなければならないのです。


さて、これまでの人間のレベルは、争い、助け合い、分かち合い、そして競争し合いetc、そんな中で悩み、苦しみ、ときに喜びがあり、それらを糧とし、自分自身(の魂)を成長させてきました。どちらかというと辛さや苦しみの中にこそ成長があるとされてきました。


これまでは競い、争い、より多くを手にしたものが豊かな者とされてきました。ピラミッドの頂点にいる者が一番の勝者であり、そこにどれだけ近づけるかが価値あるものとされていたのです。そしてその勝者がこの地上を支配し、果てはこの地球をも支配するものとの意識を私たち人間は思うようになっていました。けれども時代は(心の)豊かさから成長していく時代へと大きく変わろうとしています。その豊かさの形成も、これまでと大きく違い、分かち合い、助け合い、そして赦し合いの中から生じるものとなるのです。


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現在私たちは価値観の大きな転換期にいます。新たな流れへと時代は向かいつつも、これまでの価値観で君臨し、エゴを満たしてきたもの、いわゆる古い世代は、これまで通りがよいと、そこにしがみつこうとしています。一方で新たな時代に乗ろうとする新しい世代がおり、多くの子どもたちはその流れの中で成長していこうと生まれてきています。それ故私たちの足元は揺れ動いています。政治、企業社会を始め、お金、競争に対する価値観が揺らぎ、社会基盤が根底から揺らいでいます。そこには古い価値観と新しい価値観が交差し、入り乱れ、私たちは肉体と心のバランスを取らなければならなくなっています。この先しばらくはますますその揺れは激しくなってくるでしょう。ある意味大変難しい時代であるといえるでしょう。けれども少し見方を変えると、今の時代はたぐいまれな貴重な時代とも言えます。なぜならこの時代ほど心を鍛えられる、魂を鍛えられる時として最高の時代はないからです。


しかし時代の揺れが大きいということは、足をすくわれ転びかねないということも確かです。それは大波の中にいる小舟のようなものかもしれません。下手をすると船の中を転げ回り、船から転落しそうになり、あるいは船ごとひっくり返ることもあるかもしれません。未来は見えるようで見えない、そんな状態かもしれません。明かりはどこにあるのか、灯台の明かりは???見えるかもしれないし、見えないかもしれません。


実は今外に明かりを探しても、それを見つけることができるかどうか分からないのです。おそらくほとんどの人が今の方向(外の世界の状況)を正確に言える人はいないものと思えます。なぜなら大きな流れは見えていても、世界は人間一人ひとりの自由意志が集合意識となり、世界を動かしている面もあるからです。そのような状況の中でどのように生きていくか?そこで私は思うのです。大きな流れを見つつも、変わらぬものをしっかりとらえておくことが必要だと。


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まず大きな流れとは、先にも述べた豊かさの概念が変わってきていること。すなわち競争し、勝者の独占、いわゆるWinnertakes it all(勝者の総取り)から、分かち合い、助け合い、赦し合いに変わりつつあることです。現在多くの若者がシェア(分かち合う)ということをよしとする価値観となっており、今後生まれくる子どもたちはますますこの傾向が強くなってくるでしょうし、この傾向を発達させていくでしょう。


そして変わらぬものとは、まずひとつは、私たちはこの世で果たす使命(成し遂げること)、今世で解決すべきカルマ(カルマの解消)の人生プランを立てて生まれてきたことです。そこから外れなければ、どんな時代も乗り越えていけるようになっているのです。なぜなら私たちの魂はこれまでに何度も何度もこの世に生れ、経験を積んできています。それ故魂は今世の脳の認識力よりもはるかに大きな認識力・思考力・感知力を持っています。それによって計画されたプランなのです。時代の動乱はあらかじめ織り込み済みです。ただ問題は私たちの自由意志がどこに向くかということです。時代に流され、飲みこまれてしまえば、闇へと落ちてしまうかもしれません。けれども自分の使命を果たそうとする限りは乗り越えられるようになっています。ではどうやって自分の使命を知るかということが問題となってきます。それが紙に書かれて渡されることはありません。あるいは誰かが告げてくれることもありません。それはただひとつ、自分の使命は何なのかを意識し、問いかけ続けることです。


そしてもうひとつ変わらぬものとは、未来につないでいくということと、すべてこの地球でなされるということです。どんな時代が来ようと私たちは次の世代へ未来をつないでいくという役割があります。それ故に子どもたちは生まれてきます。そして私たちの人生も、次の世代の人生も、この地球でなされます。そしてこの地球の恵みを受けながらそれらはなされます。もし地球の恵みが得られなければ、私たちは生きていくことができません。地球を脱出して別の星で、などともいわれますが、残念ながら今の人類の意識ではまだ不可能でしょう。(ただし、新しい世代では可能となるかもしれません…。)当面はこの地球が舞台なのです。ならば私たちはこの地球を大切にしなければなりません。けれども今の私たちの社会はどうでしょう?その反対の地球を傷めつけることばかりをしているのではないでしょうか?私たちはもう一度今の生活と地球のあり方を見直す必要があります。


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時代そして人々の価値観が大きく揺れ動いている今、私たちはもう一度私たちの暮らしを見直すとともに、自分自身の内側を見て、一人ひとりが何をなすべきなのか、もう一度考えなければならないのではないでしょうか。私たちは未来をつくらなければなりません。私たちの使命を果たせる未来、カルマを解消できる未来、そして次の世代に残せる未来。それらをこの地球でつくっていかなければならないのです。それがもしかすると私たちが今世この地球に肉体を持って存在している誰もに共通の使命であるのかもしれません。さあ、みんなで考えて明日ある未来をつくっていきましょう。





らいふあーと21~僕らは地球のお世話係~