イタリアにあるコロッセウムと呼ばれる競技場をテレビやネット等で見たことがあると思います。中には実際に現地に行ってみたという人も多いことでしょう。そこでは征服した地から連れて帰った奴隷に剣を持たせ戦士として実際に戦わせ強い方が生き残る闘いが行われたり、剣闘士と猛獣が戦いどちらが勝つかという闘いが行われていました。


中世の時代広大な領土(属州)を得たローマ帝国は市民に無償で食糧を配布したり、剣闘士試合や競技といった見世物を毎日開催して娯楽を与えました。そうしてローマ市民はそれらの恩恵を享受したわけですが、権力者がそれらを行った目的は市民を政治に対し盲目状態にとどめえおくためでした。この愚民化政策を詩人ユウェナリスは詩篇で「パンとサーカス」と表現し、当時のローマ社会の世相を揶揄したのです。


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さて現在社会に戻り、ここ数年実施日本の現政権が行っている政策は、株価を上昇させることと、オリンピックを始め数々のスポーツに熱狂させることです。


考えてみてください。今の日本はかつてないほどにスポーツがクローズアップされているのではないでしょうか。オリンピックは当然のことながら野球、サッカー、陸上、水泳、スケート、最近では卓球にバトミントンなど様々なスポーツが連日メディアに取り上げられ人々の興奮を煽っています。そこには文化が成熟したということもあるのでしょうが、スポーツに熱狂させることによって国民の社会に対するフラストレーションを発散ということもあるように思えます。


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さて、このような記事を見つけました。

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毎日160億円を株式に投資する謎の人物(団体)Xがいるそうです。お陰で株価は下がることなく毎日上昇し、連続上昇記録を更新しました。


またこのような記事もありました。

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これらの記事が意味することの想像はお任せしますが、現政権がとる政策はまさに現代版「パンとサーカス」ではないでしょうか。「株価とスポーツ」名付けてもいいと思います。


さて今回衆議院が解散され総選挙が行われたわけですが、結果自公の政権が3分の2以上の議席を維持したということで、日本人の多くがこの「パンとサーカス」ならぬ「株価とスポーツ」政策を選択したのではないでしょうか。


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多くの属州を得た結果ローマは潤い、沢山の食料を得ることとなります。そのため当時の貴族たちは有り余る料理を食べるために、嘔吐するための薬飲み、食べては吐き出し、また食べるという生活を繰り広げたそうです。


一方現在の日本では多くのテレビ番組等でグルメが紹介され。芸能人をはじめレポーターがそれらがいかに美味しいかコメントしています。中には大食いタレントがいかに食べるか、あるいは激辛グルメをいかに食べるかなどの様子が放送されたりもしています。またネットでもグルメレポートが人気となりカリスマブロガー達がいかに美味しいものが提供されているか、そしてそれらを食べての感想が日々更新されています。現在の日本はなんだか現代晩ローマ帝国と似ているように思うのです。


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さてそのローマ帝国において、その後の歴史をみてみると、強大な帝国の衰退が起こり、東西に分裂します。そして遂には消滅に至ります。一方日本はここ四半世紀以上前のバブル経済の崩壊から一貫して衰退してきているわけですが、現在のグルメの状況はバブル時代からの延長線上にあるといってもよく、更に今回懲りずにそれを助長する「株価とスポーツ」政策が支持されたこととなります。さてこの先一体どうなるのでしょうか???


ただ私が思うことは、今回の選挙の投票率は戦後2番目の低さということもあり、日本人の多くは愚民化が進んでいることもあるのでしょうが、選ぶべき政党も政治家もいないということではないでしょうか? 今や国民が信頼するに値する(国政)政治家はいないというのが私の実感です。


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現代の日本の社会において権力者の象徴が政治家(+官僚)大企業(いわゆる財界)、そしてメディアであると思います。そしてそれらは一緒になって狐と狸の化かし合いを繰り広げ、国民に茶番劇を演じています。しかしながらそれらの様子はどんどんネットでネットで暴露され、多くの国民が真実に気づき、それらにつきあうことにうんざりしているのではないでしょうか? 更に一部の国民は未来を見据え始めたのではないかと思うのです。それは国家の時代、大企業の時代は間もなく終わりを迎えるということです。


これからはグローバルな時代でありつつも地域社会の時代へとなりつつあります。また多くの人を標準化させシステムに組み込むことよりも、一人ひとりの特性を生かす時代へとも移ってきています。それは強力な国家システムも大企業システムとも相反する世界です。つまり国家も大企業も衰退していく運命にあるのです。そこで今本当に問われているのは、この先この茶番劇に巻き込まれ翻弄されて生きていくか、それとも自分自身を生きていくかということだと思うのです。


自分自身を生きるとは、自分の土台をしっかりとすることです。(世の中)何が正しく、(自分の人生で)何をなすべきなのか、そしてどこへ向かって生きていくか、つまり自分自身がどう生きていくかを定めるということです。


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パンとサーカスならぬ「株価とスポーツ」に群がりそれに熱狂していくのもありだと思います。それはそれなりに波乱万丈に飛んだ生き方ができるのかもしれません。一方で大地に根をおろして生きる、自分自身の足元をしっかりさせて生きていく。どちらを善しとするか、そして天はどのような世界を祝福してくださるのか、それぞれの次元でもって判断する時が来ているのだと思うのです。





らいふあーと~僕らは地球のお世話係~