私たちが習う歴史とは強者の歴史です。勝った者がそれを正当化し、正義とします。例えそれが殺戮と強奪の末あれ、それは正当化され、時にはなかったことともされ、勝者はその地、その収奪物を謳歌するようになります。そして年月をかけ人々はその正当化された、ある意味捻じ曲げられた歴史物語を信じるようになっていくのです。その典型的なのがアメリカ合衆国なのでしょう。先住民の歴史は現在の多くのアメリカ人にとってタブーのひとつです。時の流れと共に消え去るのを待っている状態といってもよいでしょう。けれどもそこには負けた者(排除された者)達の歴史があるのも確かであり、例えその視点は抹殺されつつも、その場所に静かに眠り続けます。そしてそれは人々の意識の奥深くに横たわってもいます。何世代経とうとあります。それを目覚めさせるものの一つがスピリチャルというものなのでしょう。


数カ月前本屋を訪れたところ、「ニシキトベの復活~太古の記憶の解放、根源的な生への回帰~」佐藤シューちひろ著(ナチュラルスピリット)という本が目に飛び込んできました。直感的にこの本に何かがあると感じ、その場でパラパラとめくったところ現代社会の混沌や崩壊状態を立てなおすヒントが詰め込まれており、ワクワクしたのですが、その時は買わずに立ち読みで済ませました。けれども先日どうしても欲しくなり、購入してしまいました。そして改めて読んでみるとそこには、日本の歴史の陰の部分となってしまった神武天王(カムヤマトイワレビコ)以前の世界がスピリチャルに展開されており、私の中に縄文時代の暮らしの想像が次々と広がっていったのです。


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縄文時代トベ(戸畔)と呼ばれる女酋長が村の長として各村をまとめていました。トベとはシャーマンであり、現在でいう巫女であり、天と交信できる人でした。熊野地方ではかつて熊野のことをニシキ(丹敷)と呼んでいたので、熊野のトベはニシキトベ(丹敷戸畔)と呼ばれていました。


トベは代々宇宙のエネルギーや地球のエネルギーを感知し、そこに自然物を配置したり祠を立てたりして、その地のエネルギーを増幅させ、その地域一帯をそのエネルギー体で守護してくれるように祈りを捧げていました。時にトベは精霊たちとコンタクトを取り、その時々の村や村人達の課題の解決に当たっていたのでした。


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トベは女性であり、その地その村を守るため、ありのままを受けいれることがその特徴でした。そのため大自然に人間が手を加えることは必要最小限とし、その循環の中で生きていくことを基本としていました。人間は大自然の中の一循環物であり、自然の声に耳を傾けながら生きることを良しとしていたのです。その為狩猟採集を中心としつつ、自然を破壊せぬ程度に土地を改良し、作物を育て村の生活を行っていました。


男たちは狩猟に出かけ、必要な分だけ獲り、そして必要最低限の建物を建て、道をつくり、道具を作り、そして酒をつくり、踊り、神へと捧げていたのでした。時に男たちはその男性性の持つ未知なるものへのあこがれとして冒険心が湧き上がり、家族や仲間を連れて新たな世界へと旅立つこともあったのです。時にトベはそれを認め、その中の女にトベの能力を授け、その一団を送りだすのでした。それは自然を最小限度での改良を良しとしていたため、大集落と成すことはそれに反することともなりうるためトベは仲間たちを送りだすことを意味してもいました。


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さて自然の循環の中での生活であったため、時にはどうしても食料が枯渇する時期も出てきます。その際には人々は最低限度の食生活となり、辛抱を強いられました。そんな時に病気が出た場合は多くの人が犠牲となることもありました。時には村が全滅状態となることもありました。自然の循環の中に生きることは仕方がない事でもあり受けいれるしかなかったのですが、それを悲しみ、何とかならないものかと思うのも人間であり、ニシキトベはその課題を何とか解決できないものかと、神に祈りを捧げお告げを待っていたのでした。


ある時ニシキトベは夢を見ます。それは西から(神のような顔をした)男がやって来て、ニシキトベの抱えるその課題を解決してくれるというものです。それからというものニシキトベはその男を待ち続けるようになります。


次回につづく









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